10-61 悪いってのは
倭国と飛国の舟が海に漕ぎ出し、中の東国へ向かう。
耶万は奥にあるので光江を落とし、兵を北へ進めるツモリで居る。とはいえ遠い、遠すぎる。だから松田、浦辺、加津を降す。
舟を四つに分け一つを残し、三つを六つに分ける。先に入ったのが見えなくなってから、十を三つ数えて戦いに加わり、付き従わせるのだ。
「な、ぜ。」
どんなバケモノが居ようが構わない。これだけの兵で攻め込めば勝てるハズ。そう思っていたのに。
「ナゼも何もナイだろう。」
松川に入ったのは三隻。松林に隠れ、沖から見えなくなって直ぐだ。片っぽの足が取られ、逆さに吊られたのは。中には首を吊られ、垂れ流しているのも居る。
「だ、れか。」
助けて! 嫌だ、死にたくない。
「ヲォォォ。」 ゴハンダァ。
何だアレは。人を食らう・・・・・・バケモノ、合いの子か。あんなに大きく口を開けて、ダラダラ涎を垂らして待っている。
オレたちを食らう気なんだ。
「ギャァァァァァ。」
痛いイタイ痛いよ。
なぜ頭から食わない、腹を食い破る。殺せ、一思いに殺せよ。騙された! 東のを信じたからオレ、こんなトコで殺されるんだ。
「ダズゲデェ。」
浦辺の港に入って思ったよ、アタリだって。
遠くに人が、肉付きの良いのが居たんだ。だからサッサと落として奪おうと、舟を飛び降り駆け出して。
「ジニダグナイ。」
シュンシュン聞こえた。
逆さ吊りで運ばれて、バケモノから逃げようと。首を吊られたのは動かないケド、オレが取られたのは足。解ける、イケルと思ったのに。
「ゴメンナザイ、ユルジデ。」
何も見えないのに、ハッキリ聞こえるんだ。グチャグチャ食らう音、泣き叫ぶ声。
オレなんで戦に出たんだろう。
兵が死ぬのを見て怖くなって、南国へ逃げ込んだんだ。辛かった、ひもじかった。でも南国じゃ殺されない。だから生き残った、生きて戻れた。
嬉しかったのにナゼ。
悪取社から加津社へ、真中の七国にある『倭国と飛国の兵が押し寄せる』と告げられて直ぐ、社の司が走る。
知らせを受けた長と頭が、煙と布で舟に知らせた。
「ミカさん。悪い舟の人、モヤモヤしてる。」
イイが港で待ち構えるミカに告げ、ニコリ。
「コッチから海に出るか。」
「イイも出る! 悪いのはね、人だけじゃナイの。」
「エッ。」
「んっと、合いの子じゃないよ。神様? 使わしめでも無いの。何て言うか、モヤモヤなの。」
神でも使わしめでも、合いの子でも無いってコトは妖怪じゃない。となると隠。
「ねぇミカさん。悪い神様も、神様なの?」
「そうだよ。」
悪いってのは、禍を齎す・・・・・・神。となると禍津日神。いや、でもなぁ。
「会岐神と大石神は、狩りの神様。加津神は釣りの神様。千砂神と腰麻神は、食べ物の神様。悪取神と耶万神はね、違う神様だけど良い神様。殺神はチョッピリ怖いけど、お舟に御坐す神様はウンと怖いの。」
殺神は軍神。と、いうコトは?
「悪取神より言伝です。『舟に闇堕ちスレスレの神が憑くか、潜んでいなさる』との事。」
悪取神の使わしめ明がタンッと、加津社から港まで飛んできた。
隠なので人を踏み潰す事は無いのだが、何となく一っ飛びした方が良いと思ったのだ。
「ありがとうございます。イイ、サハを呼んできておくれ。ツサ、清めの水を。」
「ハイッ。」
声を合わせ、キリリ。暫くするとイイは祝を負ぶって、社の司は清めの泉から水を汲んで港に戻る。