10-60 なぜ来るんだろう
鮎神が使い隠を人の世、多紀の御嶽へ遣わされたのはナゼか。
戦を止めさせるため? 違う。中の東国へ兵を送れば死に絶えると、一人も戻らないと伝えさせるため。
「困ったね、モモ。」
とは仰るが、御目がコワイ。御怒りだ。
「多紀神?」
多紀の御嶽は岩が多くて険しい。平らな地は社の辺りダケで、四つん這いで進まなければツルっと崖底へ。
来る人は獣を求めるより、願いを叶えるために訪れる事が多い。
多紀神は山神で、軍神では無い。なのに『大王になりたい』とか『やまとを統べたい』とか、『戦に勝ちたい』とか『大いなる力が欲しい』と願う。
『そういうのは山神ではなく、軍神に願えよ』と幾度、心の中で御叫び遊ばしたコトか。
「真中の七国に現れ出るのは軍神ばかり。」
ゴクリ。
「倭国と飛国でも同じ。フッ、フフフフフ。」
ガクガク、ブルブル。
「耶万に仕掛けるなら仕掛けよ。火の山島を越えるなら明里、加津に寄るだろう。どちらにも御坐す。悪取社、加津社、耶万社へ使いを。」
「ヒャイ。」
・・・・・・懲りないね。松田も明里なんだからさ、『浦辺と同じになる』って分かるよね。
加津には妖怪の国守が居るし、明里と加津の沖を通らなきゃ耶万に来られない。光江に入る前に備えるよ。
「ねぇアコ。悪取神は真中の七国から来た兵に、『滅びの力』を揮われたんだよね。」
耶万社の禰宜ザク、社の司に尋ねる。
「うん。照がね、教えてくれたんだ。『滅びの力』は闇の力で、人の器は小さいから弱い。けれど神に御為り遊ばされたから、御犬様のように為されるハズだって。」
蛇谷と犲の里は白い森を挟んでいるが、豊かな隠れ里。どちらも『闇の力』を生まれ持つ人が仕える事、他と比べれば近い事もあり、社を通して付き合いがあった。
蛇谷神も御犬様も御隠れ遊ばし、生き残りは居ない。
照は蛇谷の祝に憑く白蛇の隠。アコは蛇谷の祝、煇の忘れ形見。蛇谷は滅んだが煇の子であるアコに憑き、守り続けている。
蛇谷を滅ぼした耶万王の血を引くが、煇から力を受け継いだ光だ。死なせたくない。アコには幸せになって欲しいと強く、強く願っている。
「神に御為り遊ばしても、祝の力って使えるんだ。」
「それはどうだろう。神の御業と祝の力は、全く違うと思うよ。」
明里は御犬社の祝だった。
里を滅ぼした松田を滅ぼすため、女に化けて『滅びの力』を揮う。王を耶万に攻め込ませ、松田を滅ぼすために。
男だと知られ殺されたが、今わに『里の皆を手厚く葬るまで、死んでも死なない』と誓った。
隠となり闇の力、『獣の力』『滅びの力』に加え『悪取の力』を有している事にビックリ。
祝が生まれ持つ力だけでなく、社の司が生まれ持つ力まで引き継いだのだ。驚くのは当たり前。
「そっか、そうだよね。」
「ねぇザク。倭国と飛国が来るけど、寄ると思う?」
「寄るしかナイよ。食べ物は何とかなっても、水はね。岸多も近海も強いから避ける。海沿いにユックリ休める里も村もナイから松田、浦辺、加津のドッカに寄らなきゃ来られないよ。」
悪取は明里に隠の国を建て、松田の縄張りだった地を統べている。御犬様の後を継ぎ、他では生きられない全てを受け入れ、守っているのだ。
そもそも和山社に認められた隠に、隠神に人が勝てるワケが無い。
港をもつ加津は強い。耶万に破れ組み込まれたが、加津には妖怪の国守ミカ、ミカに引き取られたイイが居る。
ミカは加津とイイを守るためなら何だってするし、イイは幼いが賢く、探り知る事が出来る力を持っている。
「どう考えても勝てないのに、なぜ来るんだろう。」
「ねぇ。」
アコとザクが見合い、溜息を吐いた。