10-59 判子ではなく
秋の終わり、鞣里の開墾作業に取り掛かかった。
田畑に生えた木を抜き、ボウボウ生えていた草に森の枯葉を混ぜて鋤き込む。長らく放置されていた地は酷く痩せ、そのままでは使えなかったから。
春になりテイッ、掻き掻き。テイッ、搔き搔き。
黙黙と作業する明を見つめ、気合を入れる悪取は元、祝。糸を張り巡らせるのは上手いケド、ムッキムキには縁遠い。けれどメゲナイ、へこたれない。
「こんなモンかな。」
地の傾きを調べ、水が流れるよう整えた。
田んぼには水が要る。松川の源の泉は大きく、コンコンと湧いているから涸れる事は無いだろう。
松田に滅ぼされる前からあった田に畑、獣除けの柵、水飲み場など、出来る限り元に戻した。鞣里社を除いて。
この地に人が戻るまで、まだまだ掛かるだろう。けれど戻ったら・・・・・・。
人の手で組み直されても、御隠れ遊ばした神は戻られない。けれど人に望まれれば何れ、現れ出られる。
「この命尽きるまで、この地を守ります。」
鞣里神は狩りの神で在らせられた。使わしめはカノシシの隠で、御犬さまを避けてらしたな。
明を見たら御口を開け、後退り為さるカモ。
数多の神が民の魂を根の国へ送り為さり、使わしめと共に御隠れ遊ばした。
松田の縄張りに幾柱の神が御坐したか、私には分からない。けれどハッキリ言い切れる。『耶万に滅ぼされるまで止まらなかった松田は、真中の七国と同じだ』と。
松田の縄張りだった地は全て、明里となった。
この地に悪いのは要らない。どれだけ多くの兵が押し寄せても、人でも隠でも妖怪でも残らず片付け、明里の民を守り抜く。
隠は何があっても隠だが、神は闇堕ちすると妖怪になる。妖怪が為れるのは使わしめ、神には為れない。もし闇堕ちすれば、明里を去る事になるだろう。
それではイケナイ。守れないじゃないか。
「悪取様?」
「何でもないよ、ありがとう。」
イザとなれば明に、いや違う。闇堕ちせぬよう努め、皆を導かなければ。
「フフッ、フフフフフ。」
やっと戦が終わった。裏切って逃げ出したのが、他の地から逃げ帰って来たんだ。纏めて耶万に送り込み、倭国に降らせる。
「グフフ、グァハハハハ。」
やっと戦が終わった。裏切り者も戻ったし、縁の者を捕らえて従わせよう。そうすれば多くの兵を送り込める。
耶万よ、飛国に付き従え。
「ハァ。」
倭国も飛国も諦めが悪い。他の五つは引いた、いや諦め・・・・・・てナイ。人よ、なぜ強さを求める。
アチラでもコチラでも望まれ、現れ出るのは軍神ばかり。このままでは真中の七国は、濃く深い闇を溢れさせる地となるだろう。
「多紀神、御気を確かに。」
使わしめは石南花の隠、モモ。深山に生えるからか、殺し合うからか、大の人嫌いである。
「モモ、山を閉じよう。」
多紀神は山神で在らせられる。閉じようと思えば閉じられるが、閉じたトコロで真中の七国の人は戦を止めないだろう。
「そうですね。」
「いや、『そうですね』じゃナイでしょう!」
御嶽の治めの隠、鮎神の使い鮎が突っ込んだ。
「閉ざされているハズの隠の世から、人に化けた使い鮎が・・・・・・。いらっしゃいませ。」
夢から覚めたモモ、キリッ。
「真中の七国から闇が溢れました。隠の世に流れ込む事はアリマセンが、闇堕ちが暴れる前に清めてください。では、コチラに御手を。」
スッと札を出し、ニコリ。手形ください。