10-57 迎春
津久間の地から明里に移り住んで直ぐ、身籠っている事に気付いた人が幾人か居た。胎に入っているのは人の子。
悪取は合いの子を取り上げた事はあっても、人の子を取り上げた事は無い。そこで千砂と加津から産婆を迎え、出産に備える事になった。
「ホギャァ、ホギャァ。」 スッゴクツカレタ、ソトッテサムイ。
「ホンギャァ、ホンギャァ。」 ナニガナンダカワカラナイケド、ヤットデラレテヨカッタヨカッタ。
「・・・・・・ホギャァ。」 ・・・・・・イタイ。
生まれて直ぐ、大きな声で泣くとは限らない。足を掴んで逆さ吊り。かぁらぁのぉ、お尻ペンペン。ケポッとして泣く子だって居る。
何はともあれ元気な赤ちゃん、いっぱい生まれました。明里の良い子たち、お世話したくてウズウズ。
「賑やかになったね。」
悪取社の離れで、耳の良いホウがニコリ。
「そうだね。」
同じく離れで、心の声が聞こえるアサがニッコリ。
「ねぇホウ、ココからドコまで聞こえるの。」
「明里は真中に在るからね。東は大磯川、西は椎の川。北は白い森、南は海の辺りまで聞こえるよ。」
ハヤに問われ、サラリ。
「へぇぇ。ってコトは、アサも?」
ワクワクしながら、チカが問う。
「いやいや、そこまで聞こえないよ。ココからだと、浦辺までカナ。」
へそ天でスヤスヤ眠る四妖の腹に布を掛け、笑いながら答える。
「切岸まで聞こえるようになれば、鞣里の声も聞こえると思うんだ。」
切岸には畑を作ったダケ、家は無い。明里の地で人が暮らしているのは浦辺と海望。春になったら切岸にも家を建て、移り住む事になっている。
植えた麦が芽を出したので、穂が垂れるのが楽しみだ。
粟に稗、蕎麦もタップリ実を付けたので、麦もイッパイ実を付けると良いな。そうそう、田んぼに稲を植えるんだ。
どうしよう、ワクワクが止まらない。
「鞣里には何を作るんだろう。田んぼかな、畑かな。」
真中の七国は大戦でボロボロ。春になっても松田には来ない、と思いたい。けれど松川の源の泉がある鞣里は、兵が来ないと分かるまで家を建てられないんだ。
「チカはドッチ。」
「ドッチでも良いけど人は近づけない。だから皆でさ、力を合わせて育てよう。」
ハヤに問われ、胸を張る。
悪取社ではナク、柞の洞でノンビリ。
『社で過ごすのも良いが、洞の方が落ち着くのはナゼだろう』なんて事を御考え遊ばす悪取神。
「大きくなった。」
離れから聞こえる楽しそうな声に、思わずニッコリ。
「そうですね。」
明もニコニコ。
悪取神の御側に居られるなら、社でも洞でも構わない。けれど『どちらか』と問われれば、洞の方が過ごし易いと明は思っている。
「ごめんください。」
真冬に訪れるのは、寒さに強いモフモフ。
「はい。」
洞から社に下りた明、ニコッ。
「はじめまして。吹出山の黒狼で吹出社の憑き犲、ウコと申します。悪取神に御取り次ぎを。」
吹出神の使わしめ羽葉は大烏の妖怪。寒さに弱く、社でヌクヌク冬籠り中。幾ら寒さに強くても、狩りが難しい冬に山を出たくない。
けれど言えない、コワイから。
「どうぞ、こちらへ。」
悪取神に年明けの御挨拶と、銘酒『吹出』を御届けに参りました。山葡萄で作った御酒デス。