10-54 ドン引き
『ヒィハァ』と叫び出しそうなアブナイのが、舌舐りしながら飛び降りる。
松川に限った事ではナイが、海に流れ込む川は広くて流れも早い。長く舟に揺られ、鈍った足で飛び込めばドウなるか。
少し考えれば分かりそうなモノなのだが・・・・・・。
「アッ、ワァァ。」
流れに逆らえずブクブク。その上にドブンすれば、足を取られた兵をグニョっと踏んでしまう。でドブン、ブクブク。グニョ。
先に飛び込むのは、恐れを知らない愚かな若者。次に老い先短いの、戦い慣れたのが続く。若いのは使い捨て。流されても這い上がり、ドタドタ戦いに加わる。
だから誰も気にしない、手を貸さない。
「うわぁ。」
明でなくてもドン引きする。
悪取が立っているのは川を見下ろす地、耶万に滅ぼされた松田の端。
飢えた熊が可愛く見えるホド荒荒しく禍禍しいのが四つん這いで、ハァハァしながら迫りくるのだ。控えめに言って気持ち悪い。
少しづつ後退るのは何も、迫り来る兵から逃れるためでは無い。誘き寄せているのだ。そうとも知らず、仲良くドドド。
松田の端に踏み込んだらシュンと吊られ、松裏へ運ばれる。
「下ろせぇ。」
「戦えぇ。」
ギャンギャンと喧しい。
使い捨ての命知らず、プランプランと特別室へ。それを見送る兵頭、ポッカァン。
情けない? 大目に見てアゲマショウ。何てったって彼、両手両足を引っ張られた状態で風を受けているのだから。
「来るな、アッチ行けぇ。」
鳥さんズの狙いはモチロン、目です! 手で追っ払う事も出来ず、瞼をギュッと固く閉じるしかアリマセン。
頭を振ってジタバタする度、張り巡らされた糸もグワングワン。吊られた兵たち、揃って真っ青。
振り落とされたら、どう考えても頭からグシャリ。
「動くなぁ。」
「助けてぇ。」
「死にたくないぃ。」
死に物狂いで泣き叫ぶ。
初めはビチビチ、半ばでシオシオ、松裏に近づくとジタバタする兵たち。対して目をランランさせた合いの子、人肉派。涎を垂らしてワクワク。
「ギャァァ。」
鳥に突かれていた兵頭、生きたままムシャムシャされる兵を特等席から見学中。
ギュッと閉じていた目をクワッと開き、アワアワしている。次は己だ、生きて戻れない。ジュワッと漏らしガクガク、ブルブル。
「話を聞こう。何しに来た。」
両手と片足の糸がプツンと切れ、逆さ吊りプラァン。松裏の外れ、木の上に御坐す悪取神の御元へ。
「たっ。」
「た?」
「助けて。お助けください、死にたくない。」
兵頭、懇願。
「食い殺された兵たちも皆、同じ事を言っていたね。」
吊られている時も食われている時も『助けて』、『死にたくない』と繰り返し泣きながら。
誰だって痛いのは嫌だ、死にたくない。生きて戻りたいハズ。なのに仕掛けた、攻め込んだ。
なぜ? 逆らえなかったから。負けると思わなかったから。タンマリ奪って戻れると信じていたから。そう、思い込まされていたから。
「そ、れは。」
津久間の地から逃げた人が移り住み、国を建てた。出たのは子と若いの。出来たバカリだ、弱っちい。そう思い込んでいた。
浦辺にバケモノが居ると聞いて居たが、松田にバケモノが居るなんて聞いてナイ。
浦辺も松田もコイツが、このバケモノが治めているのか。そうなのか、どうなんだ。まさか松田の地は丸ごと、このバケモノが治めているのか?