10-52 この命が尽きるまで
社を通して来る人たちは舟中りする事なく、追い風を受けてスイスイと浦辺へ。明里の民に出迎えられ、身籠っている人と付添いの人が離される。
悪いのが取れたら抱き合って喜び、これからの事を話し合う。
流れた人は戻る事が多い。流れなかった人は子を産むまで浦辺で過ごし、生まれたら戻るか残る。初めは戻る人が多かったが、今では残る人の方が多い。
「見て見て! 兎を仕留めたよ。」
弓を教わり山に入った子が目を輝かせ、獲物を掲げる。
「わぁ、美味しそう。」
食いしん坊、ワクワク。
「オイラの獲物はコレ、大きいだろう。」
銛で仕留めた魚を見せ、胸を張る。
「わぁ、美味しそう。」
食いしん坊よ、他に言う事は無いのか?
明里は新しい国なので食べ物が少なく、『冬を越せるかどうか分からない』と聞いていた。間違いでは無い。
送ったダケ食べ物を届けると決まってからは、津久間では無く明里で生きる事を選ぶ人が増えている。
キビシイのは変わらない。けれど飢えや寒さ、妖怪に怯える事なく暮らせる明里に強く引き付けられるようだ。狩り人に釣り人、樵も移り住んだ。
幼子や若いのが多いが皆、イキイキと働いている。子と女が暮らし易い里や村、国は豊かだ。明里も豊かになるだろう。
松田に流れ着く舟は減ったが、川から海に出て入ってくる舟は増えた。
乗っているのは采、悦、大野、安の生き残り。耶万を破るため滅ぼすため、幻の『松毒』を求めて忍び込むのだ。
そんなモノ、もう無いのに。
「なぜ死に急ぐ。」
耶万は変わった。大王も大臣も居るが、耶万を守るのは社。人の長である社の司が大王を見張り、従えている。
戦好きがアレコレ企めば、ニョキニョキ芽が出てボン。生まれつきのワルでも死にたくナイので、ビックリするほどキチンと働く。
組み込んだ国も同じ。それぞれの国に臣を遣り、シッカリ見張っている。もし何が起きれば、耶万社に訴えれば良い。
サクッと片付け、暮らし易くなるから。
「社が無いと歪むのか。」
耶万に滅ぼされた国は多い。
組み込まれた事を受け入れている会岐、加津、腰麻などは良い。従いながらも騙し騙し生きる伊東、久本はマシ。
何れは耶万を! とアレコレ企む采、悦、大野、光江、安は救いようが無い。
「どうしたモノか。」
フッと溜息を御吐き遊ばし、悪取神。次から次へ押し寄せるワルを吊り下げ、サクッと片付け為さる。
「まぁ、為す事は一つ。」
明里に禍を齎すモノは残らず消す。それだけ。
ドドンと民が増えたので明里、浦辺、海望に続いて切岸にも手を入れた。
浦辺の北東にある切岸も松田に滅ぼされた国の一つ。切り立った崖に守られていたので、守りが薄かった。生き残りは居ない。
鞣里に手を入れるのは、冬を越してからにしようと思う。
今は松田にワルが押し寄せるので、どう努めても守るのが難しい。だから海望と切岸を整え、田と畑を作った。
春になったら稲を植えよう。日当たりも風通しも良いからグングン育って、多くの実を付けるだろう。今から楽しみだ。
「見晴らしが良くなったね。」
明が大きくなり、前足でクイッ。ボコッと抜けた切り株をコロンと転がし、エッヘン。
「悪取様。」
タッと駆け寄り、尾をフリフリ。
里の外れに墓がある。獣に掘り返されないのは、きっと隠犬さまの御蔭。縄で囲ったダケなのに、ずっと昔から守られている。
犲の里の皆が眠る地だ。この命、尽きるまで守り抜く。私にしか出来ない事だから。
『ありがとう』
スッと風が抜け、悪取の頬を優しく撫でた。