10-46 しっかりな
どうしよう。もし合いの子だと知られたら、きっと殺される。でも戻りたくない。あんな国に戻るくらいなら、ココで殺される事を選ぶ。
「合いの子だったのか、ホウ。」
会牧社に引き取られた継ぐ子、イクを探しに森に入ったツガが微笑む。木の声が聞こえるイク、背筋ピンッ。手汗がスゴイ。
「アッ、会牧の。」
はい。心の声が聞こえる社の司、ツガです。
「イク、長に知らせなさい。」
「ヒャイ。」
転がるように駆け、長の家へ。ツガが縄を手にホウに近づきギリギリ締め上げ、引っ張って木に縛り付けた。
「気付かなんだよ。」
傷だらけで打ち上げられた女が、命と引き換えに産んだ子。人と同じように生まれたし、歯が無かった。
魚より肉が好きだが、悪さしない良い子だと思っていたのに。
「殺さないで。」
火の山島で生まれ育ったのに、母が居た国を覚えている。胎の中で聞いたのか。
「『あんな国に戻るくらいなら、ココで殺される事を選ぶ』と言ったな。」
「はい。」
社の司には心の声を聞く力が有る。聞かれたんだ、オレが『合いの子』だって。『どうしよう』って。
「人を食らったか。」
「いいえ。魚より肉が好きですが、『人を食らいたい』と思いません。」
「そうか。」
悪取神が明里から御出で遊ばし、他から来た者が産んだ子を御調べに。
ホウの姿が見えなかったから『オカシイ』と思ったんだ。
「悪いが、生かしておけない。」
「では明里、悪取社で引き取ろう。」
・・・・・・エッ!
「悪取神。」
ツガが平伏す。ホウは木に縛られているので、首を伸ばして頭を下げた。
「妖怪の血が流れているが、人と同じ時を生きる合いの子。一度でも人を食らえば判る。その子は一口も食らってイナイ。だから私が引き取り、明里で育てよう。」
「ハッ、仰せのままに。」
ホウを引き取ったのは釣り人で、継ぐ子でも社の子でも無い。
育て親が拒むかもしれないが、合いの子と判ったのだ。殺すか渡すか迫れば、手放すだろう。
「合いの子なのを黙っていて、ごめんなさい。育ててくれて有り難う。」
唇を噛んでホウが言う。ポロポロと涙を溢し、育て親を見つめて。
「ホウ。」
己が産んだ子では無いが、五つまで育てた子がキツク縛られ、目の前に立っている。抱きしめる事は出来ない。許されない。
「しっかりな。」
浜に打ち上げられた女を見つけ、気の毒に思ったよ。葬るために運ぼうとしたら、息をしていたんだ。
何が有ったのか分からない。けど今わに『ホウ』って言ったんだよ。名だと思ってね、『ホウ』と名付けた。
「はい。・・・・・・さようなら。」
泣きながら笑うホウを、同じように泣きながら笑って見送る二人。会牧社へ吸い込まれる、その時。
「ホウ、今まで有り難う。」
父母が大きく手を振った。
「行ってきます。」
ホウがニッコリ笑って、ブンブンと手を振り返す。それからスッと消えた。
泣き崩れる二人に、誰も何も言えない。悪取は黙って頭を下げ、会牧から明里へ戻る。
「おかえりなさいませ、悪取様。」
「ただいまアサ、ハヤ、チカ。この子は会牧から引き取ったホウ。年は五つで、とても耳が良いんだよ。」