10-44 好きな方を選んでネ
鎮の西国、中の西国も荒れている。けれど真中の七国に比べればマシ。
七人の大王が引くに引けず、西国や東国へ攻め続けた。当たり前の話だが兵は減り、子も生まれず、働き手は女と年寄りバカリ。
フラッと男が来る事もあるが、その男が人とは限らない。お察しの通り、妖怪の血を引く新たな合いの子。
人と妖怪の間に生まれた合いの子、その合いの子と人の間に生まれる新たな合いの子。新たな合いの子と人の間に生まれるのも新たな合いの子だが、妖怪の血が薄い。
人と同じ時を生きる合いの子は、その気になってジッと見なければ見分ける事が出来ない生き物。そんな生き物がウヨウヨ。
人では無い。
だから人に受け入れてもらうため、人と偽り続けるため、求められるまま兵になる。陸で生まれ育ったのに長い間、波に揺られる小さな舟にギュウギュウ詰め。
気持ちが悪い息が苦しい、もう嫌だ。そんな時チョンと、触れてはイケナイ心の闇を突かれれば?
「ギャァァ。」
ガブリ、ジュルジュル。ビチャビチャ、グチャグチャ。
「アッチ行けぇ。」
と言われても鮨詰め状態。海に飛び込むか食われるか、二つに一つ。好きな方を選んでネ。
大荒れに荒れた海を、小さな舟が上へ下へ。痩せているとはいえ、お肉がドボドボ放り込まれれば集まりますよ、和邇さんズ。
「来るな。」
パクッ。
「死にたくない。」
パクッ。
「誰か。」
パクッ。
海の水に真っ赤な血が混じり、ブワッと広がる。となれば和邇さんズ、ワクワク。ビチビチびちびち、ビッチビチ。
「助けてぇ。」
パクッ。
「母さぁん。」
パクッ。
「〇×※△」
パクッ。
水面に浮かぶ木の葉のように、頼りなくプカプカ。血の臭いを嗅ぎ付けた和邇さんズ、キャホイッ! 美味しいトコだけパックン。
水底に沈んだ骸は、他の魚が美味しくイタダキマス。御残しは許しません。
「懲りもせず、まぁ。」
釣り人の心の声を聞き、会牧の社の司が呟いた。
和邇は食い出がある海豚や鯨など、大きな獲物を狙う。人を食らうのは飢えている時。血の匂いにギンギラギンして、ノリノリでパックンする事も。
「暫く漁に出られないな。」
人を好んで食らわないが、落ち着くまでは避けた方が良い。加津から仕入れた干し肉が残っているし、蕎麦や稲も良く育っている。
「にしても、多過ぎないか?」
鎮の西国、中の西国、真中の七国はボロボロ。海に守られた四つ国、遠く離れた鎮の東国が狙われる事は無い。
イロイロありそうなのは南国と中の東国。どちらも強くて守りも固いが、引っ切り無しだとウンザリもする。
「ツガ、合いの子が打ち上げられた。浦の獄に入れてある。」
「アツさま。あの和邇、遠ざけられませんか。」
「・・・・・・落ち着けば引く。」
幾ら和邇の隠でも、ワクワクが止まらない和邇さんズに『引け』なんて言えない。楽しそうなんだモン。
「そうですか。」
「私は悪取社へ向かう。直ぐに戻るが、頼めるか。」
「はい。悪取、ですか。」
「犲の里に戻った祝が隠の国、明里を建てた。人に望まれ神と御為り遊ばす。何でも悪いのを取り除く、『悪取の力』を御持ちだとか。」