10-43 はじめは驚くよね
浦辺に続続と、津久間からの舟が着く。乗っているのは津久間では生き辛い、生き難い人たち。
「そろそろ、海望にも手を入れよう。」
海望も松田に滅ぼされた国の一つ。
海を望む高台にあり、松田に狙われ続けた。地形を活かした要塞を築くも守り切れず、残らず嬲り殺されてしまう。
「あの地は山の幸が豊かで、畑も多く残されれている。」
頂には泉があり、水にも困らない。少しズレるが浦辺と明里の間だし、海から来る敵も見張れる。
今のトコロ浦辺だけでも暮らせる。けれど、このままではイケナイ。
「浦辺の近くですか?」
ユウとメイの倅、ウミが首を傾げ、悪取に問うた。
「そうだね。山の中だが海が見える、木の実やキノコが多い、暮らし易いトコロだよ。」
パァっと明るい表情になり、目を輝かせる。
「ウミが好きなのは木の実、それともキノコかな。」
「どちらも好きです。」
甘い実なんてナカナカ食べられない。『秋になれば』と思っていたが、タップリ採れそうで楽しみだ。
「浦辺も整ってきたし、家も増えた。もう少し建てたら、海望にも手を入れよう。」
「はい、悪取様。いっぱい働きます。」
とても頼もしい。
「木の実採りなら、私にも。」
「甘い実、美味しいよね。」
ちびっ子たち、ワクワク。
津久間から明里に来たのは、女だけでは無い。働き盛りの男も多かった。好いた女と共に生きたい、契った女と離れたくない。そう訴え、認められた人たち。
幼子が少なかったのは、多くが流れたからだろう。
怖い、恐ろしい思いをした。けれど時が経てば何れ。もし耐えられなくなったら、明里に受け入れる。そう伝えたのが良かったのか。
親に慈しまれ育つなら、その方が良いに決まっている。
闇堕ちしたのに清められ、この地に戻って思う。人は忘れられるから逞しく生きられるのだ、と。忘れたくない事もあるが、忘れたい事もある。
なのに忘れられないのは、辛いモノだよ。
「明里の長、カハです。困った事があれば、ヒシか私に言ってください。」
話し合いの末、明里の長はカハ。臣はヒシ、狩頭はユウ、海頭はメイ、子頭はウミに決まった。
ユウとメイはスンナリ受け入れたが、ウミは拒む。けれどアサ、ハヤ、チカに『ウミにしか務まらない』と言われ、考え込んだ。他の子たちに手を握られ、ニコリ。
頭なんて務まるかどうか分からない。けれど望まれたんだ、逃げずに踏ん張ろう。そう思った。
「女の人が長なんだ。」
越してきたばかりの子が、ポツリと呟く。
「そうだよ。私は子頭のウミ。よろしくね。」
「はい。よろしくお願いします。」
キラキラキラァ。って、惚れたか?
浦辺が賑やかになった。
舟を出し、釣りをする人。砂浜で貝を拾う子、浅瀬で若布を採る人。畑の手入れが済むと、狩りに出る子。弓を習う子、機を織る子、獣の皮を鞣す子などナド。
身に纏う衣、食べる物、住む家があれば何とかなる。諦めなければ幸せに暮らせる。はじめは俯いていた人たちも少しづつ、笑えるようになった。
明里に張り巡らされた罠は、人の目には決して見えない。
ポヤンと空を見上げていると、たまにタプタプ袋にボドンするのが見える。けれど『はじめは驚くよね』と明るく言われれば、そんなモンかと思ってしまう。
大きな鳥がプランとしても、カノシシやイノシシがプランとしても『美味しそう』と思えるようになった。
悪取神は明里王でも在らせられる。
神が統べる地で暮らすのだ、イロイロ違っているのは当たり前。そう考える事にした、と言った方が正しいかもネ。