10-30 朝の儀式
海から松川に入り、松田に流れ着く。そんな舟に乗っているのは、人を食らった合いの子たち。食われず生き残る人は少ない。
生きて陸に上がったのは五人。二人は産んで直ぐ、死んでしまった。
あれからも幾隻か流れ着いたが、生き残りは一人も。
人を食らった合いの子をタプタプ袋に放り込み、食い散らかされた骸を葬る。その繰り返し。
「愚かだな。」
もう少し待てば、生きて津久間に戻れたのに。舟が加津に着いたら、ミカさんが浦辺まで。そう決まっていたのに、キチンと伝えたのにナゼ。
「悪取様。八人、逃げ回って。アッ。」
明は日に日に力を増し、旧松田領内であればドコに、どんな生き物が居るのか判るようになった。
「人の味を覚えた合いの子は、飢えた獣より恐ろしい。松田からは出られないが、グルッと囲もうか。」
「そうですね。あの辺りを囲めば、明里や浦辺を合いの子から守れます。」
こんなハズじゃなかった。夜明けと共にココを出て、津久間に戻れるハズだったのに、なぜ。
痛いイタイ痛いよ、助けて。誰か助けて、誰でも良いから助けて。
「な・・・・・・ぇ。」
何で、何でよ。人の姿をしている。獣じゃ無い、人でも無い。コレが合いの子? あの子たちと違う。あの子たちも襲うの、人を食らうの。
「い、や。」
生きたまま腹を食い破り、腕を捥ぎ足を捥ぎ、噴き出す血をガブガブ飲むの。そうなの? ねぇ、そうなの。
「た・・・・・・ぇて。」
助けて。お願い、死にたくない。津久間に戻って、一から遣り直すハズだった。幸せに暮らすハズだった。
「ち・・・・・・ぁう。」
あの子は私の子じゃない、バケモノの子。悪取様に引き取られ、同じようなのが居る。だから良いじゃない。
「ご・・・・・・めん。」
母さん、ごめん。オレ愚かだった。津久間を出て暫く耐えて、皆を迎えるツモリだったんだ。
「しぬ、のか。」
中の東国は強い何かに守られて、妖怪が攻めて来ない。そう聞いたから。
八人は生きたまま食われた。首や喉をヤラレタ二人も苦しんだが、他の六人に比べればマシ。
人を食らって戻れなくなった合いの子が、争うようにガツガツむしゃむしゃジュルジュル。腹は満たされても心は満たされず、獲物を探して彷徨う。
仲良くタプタプ袋にドボンし、ジュッと溶かされながら求めるのは親の温もり。その親を食らい、人の血肉を求めた末に殺された。
何のために生まれたのか、なぜ殺されなければイケナカッタのか、わからないまま消えてゆく。
月明りに照らされて、多くの舟が流れ着く。乗っているのは合いの子と、合いの子に食い殺された親たち。
陸に上がり足を掬われ、タプタプ袋にドボン。泣きもセズ喚きもセズ嘆きもセズ、抱きしめられた事も撫でられた事も無く沈むだけ。
「生まれた地へ戻りなさい。」
松林の真中。松川の側で地に触れ、悪取が呟く。
フワッと魂が舞い上がり、空へ。見送ると骨を拾って葬り、墓に花と水を供える。朝が来る度、淡淡と。
「おや、また。」
流れ着いた舟に乗っているのは、骸を頬張る合いの子。気の毒だが死んでもらおう。
生まれる前に来ていれば、幾人か救えたのに。
涎をダラダラ垂らしながら、悪取を見据えて駆けて来る。
纏めて捕らえドボン、ドボン。小さな舟を海に流し、塩水を注いでジャブジャブ。清めたら川に沈めて洗い、引き上げ乾かし漁に使う。
「慣れたが、慣れないね。」
溜息まじりにポツリ。