10-29 八人の愚か者
嵐が来て、去った。漁に使う小さな舟では戻れない。大きな舟が耶万から届くまで、ジッと待つ事しか出来ない。
いつ届く、どのくらい待てば良い。
「舟が一つ増えて、四つになった。」
「一つに三人乗れるから、三つ奪えば漕ぎ出せる。」
「三つ奪っても一つ残る。」
「もう気に病む事は無い。」
津久間に戻ると決めた八人のうち、四人の男が額を合わせコソコソ。
「獣クサイのは嫌。」
「津久間より食べ物が少ない。」
「いつまで待てば良いの。」
「もう耐えられない。」
腹が凹んだ四人も額を合わせ、コソコソ。『添うのは似た者』と言うが、真らしい。
「明るいウチは奪えない。」
「夜は漕げない。」
「暗くなる前に隠す?」
「どこへ。」
耶万から大きな舟が届けば、皆そろって津久間へ送ってもらえるのに。
「松田。」
「何も無いって。」
「舟くらい、隠せるでしょう。」
「松林とか。」
大貝山の地、津久間の東の海は穏やか。西と東に出っ張った陸が、押し寄せる大波を防いでいるから。
八人は忘れている。火の山島の南に出れば、荒れ狂う波に苦しむと。西に出ても津久間まで、セッセと漕がなければ進まない事を知らない。
行きは海神の御力で海が穏やかだった事、ミカとクベの闇で守られていた事も知らない。
近海の浦頭に水手、ミカだって海の男。クベは山の男だが闇を広げて風を読み、ミカの闇に引かれながら漕いだ。
潮の流れ、風の動きを読み、雲の流れを確かめる。それら全てを行いながら櫂を動かし続けるには、力だけではなく技も要る。
己の目で見、己の耳で聞き、己の体を動かす事でしか得られない技が。
大石や加津が耶万に攻められた時、クベもミカも子だった。けれど三つから親に連れられ、狩りや釣りに出ている。
耶万に破れた事で酷い扱いを受けたが、歯を食いしばって生き抜いた強者だ。
近海は仕掛けられても攻められても守り抜き、耶万との戦に勝った。男も女も幼い時からイロイロ見聞きし、アレコレ叩き込まれた強者揃い。
生きる事を諦めず、どんな時も前向きに考える事で乗り越えてきた。
真中の七国は戦好き、津久間は戦嫌い。どんな事でも話し合い、戦になる前に片付ける津久間は豊かで、穏やかな人が多い。
だから知らない、解らない。生まれや育ちが違えば、出来る事も違ってくると。頭より体を動かして身に着けた技、術が身を守ると。
そんな人たちと同じ事が出来るワケが無い、という事も。
「ヨシ、行け。」
見張りの男に声を掛けられ、三人の男が舟を背負う。水際に下ろし、スッと押し出し飛び乗る。
見張り女は明かりを手に、狭い砂浜を望む地に立つ。それを頼りに舟を進め、松林の間を流れる松川へ。
「もう少しだ。」
松林の間に、小さな明かりが見えた。流れに逆らいセッセと漕ぐ。舟を寄せ、水から引き上げ立て掛けた。
奥では無く手前に隠したのは、松田に何も無かったから。
ボロでも建っていれば身を隠せたのに、国が在ったとは思えないホド真っ平。
「夜明けと共に出るぞ。」
くすねた食べ物を頬張り、モグモグ。
津久間で放り込まれた家は、海の近くに建っていた。漕ぎ出したのは朝、着いたのは日暮れ前。夜が明けて直ぐ出れば、昼過ぎには着くハズ。
海沿いを進むんだ、迷う事は無い。