10-28 『ありがとう』でイイんじゃないか?
岸多社から加津社へ、『西から兵が押し寄せた』と知らせが入った。
千砂社より先に加津社に知らされたのは、取り逃がしたのが加津に向かうカモしれないから。
浦に走ったミカが闇を伸ばし、舟の動きを探る。
どれも漁をしていて、アヤシイ動きは無い。浦辺も穏やか。そんな時、イイが駆け寄り言った。『明里の人に要る物が足りないみたい』と。
闇堕ちしたのに清められ、人の世に戻された隠なんて珍しい。
その隠が人の世のために働いているのだ、出来る限り力になりたい。というコトで急ぎ、悪取に会いに行った。
「嵐が過ぎたら舟が届く。水手は弱っちいから光江から近海、近海から加津、加津から浦辺に流される。」
???
「海神の御力だ。甲さまが亀を従え、動かれる。」
悪取が海に向かって平伏した。沖で魚がピチョンと跳ね、鰭を動かし水底へ。
「ヨヨが言ってたよ。『明里の畑に豆と芋、浦辺の畑に蕎麦が実る』って。」
千砂のヨヨには先見の力が有る。初めは闇に限られていたが、他にもアレコレ見えるようになった。
モチロン外れた事が無い。
「この地は清らになった。悪取さん、明里は豊かになるよ。大蛇神が御許し遊ばし、人の世に建てた国だ。王が隠だって構わない。千砂も加津も力を貸すよ。」
「はい。・・・・・・何と言えば良いのか、言の葉が見つかりません。」
「『ありがとう』でイイんじゃないか?」
「ありがとう、ありがとうございます。」
犲の里を守るため、囮になった。松田王を耶万王に殺させ、松田を滅ぼさせた。
生きて里には戻れない。そう思っていたのに、闇堕ちしたのに里に戻れたのは全て、数多 御坐す神の思し召し。
私に出来る事は何でもしよう。
御犬様、隠犬さま。社や里の皆さま。どうか明里を、悪取を御守りください。きっと良い里に、いいえ国にします。
困っている人を受け入れ、しっかり守れるように。
誰も飢えない死なせない、誰もが幸せに暮らせる。そんな国にする。皆で力を合わせ、強く豊かな国にするんだ。
そのために力を尽くす!
「おかえりなさいませ、悪取様。」
「ただいま、明。」
明里に戻り、ナデナデ。モフモフに癒されスッキリ。
「明、私は決めたよ。明里が隠の国だと、人の世に広く認めさせる。」
キョトン。
「この辺りにしか、知られてイナイらしい。」
妖怪なら隠の世へ行けるが、合いの子は難しいと聞く。
母を食らえば生きられない。母に育てられても、育つ前に死に別れる。親の無い子は引き取られるが、親の無い合いの子は捨てられるダケ。
悪さしなければ生きられない、そんな合いの子は断る。
そうなる前なら喜んで引き取ろう。誰だって、合いの子だって真っ直ぐ育つ。慈しみ育ててくれる大人が居れば、それで良いんだ。
明里は大蛇神に、和山社からも認められた隠の国。人の世に在るが、鎮の西国には妖怪の国が在る。
中の東国に隠の国が在ってもオカシクない。
「良いと思います。津久間に戻ると決めた人を送り届けたら、耶万社に御頼みしましょう。」
その前に人が望んでくれれば、悪取様が神に。
神は人に望まれ現れ出なさる。でも『悪取様を』と強く望めば、それで良いのではないか?
犲の里に御坐した神は、使わしめと共に御隠れ遊ばした。石積みの社は壊されたまま、この木の横に転がっている。
もし人の手で組み直され、望まれれば。
「明?」
悪取様、その時は私を使わしめに。御側で仕える喜びを御与えくださいませ。