10-25 御鎮まりください
真中の七国が恐れているのは、海の向こうの国じゃない。鎮の西国と中の西国。
西国よりも先に国を纏め、大いなる王になろうと考えている。
海の向こうとの繋がりが強いのは、鎮の西国。仕入れた品を運ぶのは中の西国。真中の七国はドウしたって、西国の後ろで生きるしかナイ。
ソレが嫌だった。
「社の司に伝えよう。」
獄を背にスタスタ歩く三人を、兵たちは黙って見送る。何を言っても、どんなに頼んでも聞き入れられない。
もっと早く気付いていれば、解っていれば変えられたのに。
「ヴゥゥ。」 チノニオイ。
獣が集まってきた。
この獄は強いが、もうボロボロ。大熊にドンとやられれば、きっと壊れる。先に死んだ兵と同じように、生きたまま食われるだろう。
「ヒッ。」
逃げたいのに逃げられない。このまま死ぬんだ、殺されるんだ。誰か助けて。誰でも何でも良いから助けてください、もうしません。
里やら村やら襲いません、奪いません。だから、だからお願いします。
「ヲォォ。」 クウゾォ。
獄が大熊の前足で壊され、壊され、グシャグシャになった。熊から逃げても犲に食われる。
夏の熊は腹ペコ、犲の群れでも敵わない。だから他の獣がオコボレに与ろうと涎を垂らし、ギンギラギン。
「ギャァァ。」
兵たちの叫び声が響き、鳥がバッと飛び立った。グシャグシャ、ベチャベチャ。生きたまま腹から食われ、泣き叫ぶ事しか出来ない。
兵たちは思い出す。襲った里、村の人たちを。
「いっぞ、ごろじでぇ。」
何が国を纏めるだ。海の向こうから守る? 強い国を作る? 七国を一つに出来ないのに、やまとを一つに出来るワケが無い。なのに仕掛けて奪って滅ぼして。
オレたちは奪い過ぎた。殺し過ぎたんだ。
「会牧神。どうか、どうか御鎮まりください。」
火の山が連なる火の山島。その真中、会牧山に御坐す会牧神は大の戦嫌い。『キャンキャン騒ぐ前に出で湯に浸かり、ノンビリすれば良いのに』とプンスコ。
出ちゃう、噴き出しちゃうよぉ。
「ツガ、諦めよ。」
出で湯の湯気で蒸した椎茸を、それはそれは幸せそうにモグモグ。ゴックンしてから一言。
「アツさま・・・・・・。」
会牧神の使わしめ、アツは和邇の隠。今わの際、冷たい海に沈みながら『出で湯に入ってみたかった』と呟く。
その声を御聞き遊ばした会牧神、『人の姿に化けられれば使わしめにする』と御声掛け。その気になった和邇さん、クワッ。人の姿になりました。
好きな食べ物は椎茸の蒸したの。長湯できないが、出で湯も大好き。烏より長く浸かれる。
朝夕は和邇の姿で海に飛び込み、海辺をグルッと見回り。海沿いの里や村を、悪いヤツから守っている。
「宜しいのですか。」
「ん?」
「アツさまの大好きな椎茸、食べられなくなりますよ。」
「それは困る! 会牧神、御鎮まりください。」
和邇の姿に戻ったアツ。鰭をペタリと地につけ、お願い申し上げた。
「プクク、分かった分かった。」
使わしめの慌てふためく姿を見て、思わず吹き出し為さる。
真中の七国の戦好きは、今に始まった事では無い。鎮の西国、中の西国に仕掛けても勝てないからと、他に仕掛ける事にした。
山深く険しい南国は、幾ら攻めても勝てない、進めない。『ならば』と、中の東国へ。
畏れ山の統べる地は獣が多く、それを纏めるのは犲。山越すら難しい。斑毛山の統べる地も海から行けるが、うねる大波に呑まれてしまう。だから津久間に狙いを定めた。
この島を越えさえすれば、辿り着けるから。