10-22 置いて行かないで
津久間が嫌いなワケでは無い。けれど真中の七国から幾度も攻め込まれ、食べ物に困っていた。
明里がどんなトコロなのか分からないが、津久間に残るより良いと考えたのだ。
胎の子は己の子じゃナイ。思い合って添うた女が傷つけられ、身籠った。妖怪が憎い、胎の子も憎い。けれど助けられなかった己が、何よりも憎い。
ナゼあの時、側に居なかったんだ。ナゼあの時、駆け付けられなかったんだ。ナゼあの時、あの時、あの時。
プゥっと膨れる腹を見る度、苦しそうに眉を顰める。それを見ている事しか出来ない、何も出来ない己の力の無さに涙が出た。
縋ったのだ。津久間を離れれば、幸せに暮らせるカモしれないと。
「なぁ、どう思う。」
「・・・・・・何も無いな。」
「ココまでとは。」
思わなかった。
「この先、その前に冬。」
越せるのか?
ビックリするほどスルリと生まれ、歩き回れるようになった。妖怪の子を産んだとは思えないホド。
怖かった、苦しかった。夢なら良いのにと幾度も思った。今でもフと思う。『津久間で起きた事は全て、悪い夢だったのでは』と。
夢では無い。けれどスッキリした腹、己が産んだ子が駆け回るのを見て首を傾げる。幾ら妖怪の子でも、育つのが早過ぎないか? アレは真、己の子か。
思い人が共に来てくれた。何もないトコロだが、妖怪が襲ってくる事は無い。けれど何もない、無さ過ぎる。
このまま冬が越せるのか、この先どうやって生きてゆく。
カハやヒシのように物知りでは無いし、メイのように海に潜ったり、ユウのように弓を扱えない。
子らは機織り、狩りや釣り、木の実を採るのも上手い。なのに己らは田畑で食べ物を作る、その手伝いしか出来ない。してこなかった。
「ねぇ、どう思う。」
「悪いけど、何も無いわね。」
「ココまでとは、思わなかった。」
「この先、やって行けるのかしら。」
津久間からの移住者は、合わせて二十五人。
女は幼子六人、身重六人にメイの十三人。男は幼子七人、身重の妻と来た四人にユウの十二人。
カハ、ヒシ、メイ、ユウの四人は戻る気は無い。十三人の子も同じ。けれど残り八人は・・・・・・。
スサとヒサが生まれて七日の後、新しく越してきた二十五人を集めた。スサとヒサは歩くのが辛そうなので、話し合うのは二人が居る家。
「皆、良く集まってくれた。津久間から出る時、さんざ話し合って決めた事。けれど胎の子を産み落とし、考えが変わった者も居ろう。これからも明里で暮らすか、津久間に戻るか。もう一度、深く深く考えておくれ。ハッキリ言おう。津久間に戻るなら生まれた子は全て、この悪取が引き取り、育てる。」
見合い、ゴニョゴニョ言うのは八人。ヤンチャ四妖の母、その連れ合い。シシ、イコ、ムツ、ナヲの四妖は悲しそうな顔をして、目に涙を溜めた。
何となく気付いている。アサ、ハヤ、チカは母の幸せを願い、己で考え身を引いた。スサはカハ、ヒサはヒシに抱かれ幸せそう。己ら四妖とは何もかも違う。
身を引く事なんて出来ない、選ばれる事も無い。
「気の毒だと思う。けれど合いの子は人とも、妖怪とも共に生きられない。人に望まれて国守になった妖怪は、他の妖怪とは違うんだ。」
イイは、国守に引き取られた合いの子は加津で、加津の子として暮らしている。千砂にも居るんでしょう?
「隠の世は閉ざされているから、人の世から出られないよ。皆と仲良く、ここで暮らそう。」
母さん父さん、行かないで。置いて行かないで!