10-21 良い子になります
フワフワの土を踏むのは楽しいケド、夕餉を抜かれるのは嫌だ。
「良い子になります。」
四妖ともキリッ。
「次は無いからね。」
笑顔を貼り付けたまま、静かに言い聞かせるアサ。
「ハイッ。」
お返事は良い。
あっ。
「カハさん。」
アサがバッと飛び出し、産屋へ急ぐ。駆け込んで直ぐ、胎の子が『出たい』と言うのが聞こえた。
「ハヤ、悪取様を。浦の西に居なさる。」
「わかった!」
追ってきたハヤがクルッと向きを変え、浦の西へ走る。少し遅れて来たチカが産屋の柱をコンコンと叩いて、顔だけ入れた。
「湯、要るよね。」
男たちが暮らす家に駆けて行き、お産に備える。
子らは見合い、四妖の手を引いて産屋から離した。悪さシナイと思うが、お産は女の戦。幼子でも知っている事だ。
「落ち着いて。」
アサたちはミカから、お産について学んだ。体が小さいので手伝えないが、支える事は出来る。イザとなれば明が千砂へ走り、モトを連れて戻るだろう。
「ありがとう。」
腰を摩るアサにカハが微笑みかける。産屋に居たヒシがカハの手を取り、優しく撫でた。
「きっと良い子が生まれるわ。」
「えぇ、そうね。」
その夜、出産したのはカハとヒシ。人として生まれた妖怪の血を引く子は、別別の穴に放り込まれる。先に生まれた四妖と比べて小柄だが、泣き声は大きかった。
カハの子は男でスサ、ヒシの子は女でヒサ。スサもヒサも他の合いの子と同じ、見た目は三つ。生まれて三日とは思えないホド、シッカリ者だ。
ヤンチャ四妖、名無しじゃ困る。それぞれの母は思い悩み、夫と話し合って決めた。
明里で、チカの次に生まれた男はシシ。その次に生まれた女はイコ、その次に生まれた女はムツ。その次に生まれた男はナヲ。まんま生まれ順。
「水、飲みますか。」
朝早く子が一人、産屋を訪れ声を掛ける。
「入ります。」
横たわるカハとヒシに近づき、ユックリ湯冷ましを飲ませた。
「ありがとう、ウミ。」
津久間から父母と共に越してきた、八歳の男児。
真中の七国から妖怪が攻めて来た時に転び、母が襲われるのを目の前で見る。石を投げて戦うも張り倒され、足を引き摺り駆け付けた父に救出された。
母は妊娠初期だったので、悪取の力で胎の子は流れた。
津久間に残る事も考えたが、妖怪に怯える息子の事を考え、明里に移住。悪取や妖怪の国守、アサたちは大丈夫だが、ヤンチャ四妖は正直コワイ。
母のメイは素潜りが上手く、父のユウは足を痛めて走れないが、罠を仕掛けるのが上手い。弓も扱えるので、皆から頼りにされている。
「欲しい物、ありますか。」
「今は無いわ。ありがとう。」
ウミの妹は二つの時、高い熱を出して死んだ。
辛かったのだろう。『お水』『お水』と、声にならない声で求め続けた。飲めないので一滴づつ、唇を湿らすのがやっと。
『ありがとう』と言って旅立った妹が、ウミの夢に。
そっと起き上がり水を持って行ったのは、カハとヒシは他の四人と違い、お産に時が掛かったから。妹のように渇きに苦しんでいる、そう思ったから。
「また来ます。」
一礼して産屋を出た。