10-18 手を替え品を替え
千砂や加津の人たちが、明里の皆が生きられるよう助けてくれた。田畑が整えられ、種蒔きまで。
社を通せば、早稲の種籾が届けられる。何とか生きられそうだ。
明里は隠れ里。けれど何れ、国になるだろう。
連れて来た人の中には子を産んだ後、戻りたいと願う者が出るだろう。引き止めはしない。伝えるのは、皆が落ち着いてから。
「悪取様?」
「昼も動いていたんだ、疲れたろう。」
明の背を撫でながら、優しく微笑んだ。
ん、誰だ。
「こんばんは、悪取さん。耶万社の祝人、アサです。」
獲物の足元に闇を展開し、取り込んで魂を抜く力を持つ。耶万社には闇の力を持つ者が多いが、アサの力は社の司、アコの次に強い。
「や、ま。」
「はい、耶万です。社の司より言伝を預かりました。『耶万は悪取を王とし、松田の縄張りだった地を治める事を認める。困ったり足りない物があれば、人の手で社が築かれるまで、千砂か加津を通して耶万を頼れ』との事。」
ありがたい。が、なぜ今なんだ?
「大蛇神の愛し子が話を聞いて、隠の国を耶万に認めさせるよう、口添えしなさった。隠の国であっても人の世にある限り『人の世の事は人の世で』というコトです。」
隠の世でも人の世でも、神は愛し子に甘い。大蛇神はマルにメロメロ。少しでも悲しませるとマルコに尾を踏まれ、黙って見つめられる。
そのマルコを悲しませると、飼い主であるマルに嫌われてしまう。
強い清めと守りの力を生まれ持つマルは、良村に居るダケで良山を守り清める。だから隠の世や根の国へ行く隠や妖怪は、遠回りでも大実社を通る。
用もなく良山に入れば叱られるが、大実社を通って隠の世へ行くなら許される。心も体も軽くなるのでウッキウキ。
「そうそう。落ち着いたら、吹出山を訪ねてください。」
耶万に明里を認めさせるよう、アレコレ働きかけたのは黒狼族の長ウコ。
吹出山は隠の世ではナク、黄泉平坂に繋がっている。根の国を通れば隠の世へも行けるので、良山へ行く事は無い。
だから手を替え品を替え、マルの耳に届くようにしたのだ。
明は白狼だからと群れから追い出され、生きたまま熊に食われて死ぬ。
他狼事とは思えなかったのだ。ウコたち黒狼族は皆、黒いから群れている。他の犲と違う事で、生き難さを感じていたから。
同じ苦しみを味わった犲がいる。隠になって戻ったのに群れられず、白い森から飛び出した。同じ隠と暮らしているが困っている。なら助けよう、力になろう。
叢闇の品を納めていると思わせるために建てられた、空の神倉を守っているのは黒狼族。朝夕の山歩きを狙って近づき、話し掛けるなら・・・・・・。
「はい、わかりました。社の司に宜しく、お伝えください。」
お腹イッパイお肉を食べ、子らがグッスリ眠っている。津久間も豊かなハズなのに、肉も魚も食べられないとは。
悪いのは長や王では無い。真中の七国から妖怪とヒトデナシが、食べ物や女を求めて押し寄せるのだ。
田畑で育てた物、干物まで奪われ皆、腹ペコ。林や森で採った物、釣った魚や狩った獣を分け合って、どうにか生きていた。
話を聞いて、やっと解る。なぜ男たちが舟に乗りたがったのか。
「育てなきゃな。」
今から田植えしても、育つかドウか分からない。
早稲の稲は早く育つから、間に合うカモしれないと言われた。カモじゃ困る。だから畑に力を入れ、食べ物を備えるんだ。冬を越したら稲を植える。
米や麦、粟に稗、黍など、松田に攻め込んだ兵から頂く。来て欲しく無いが、食べ物を運んで来ると思えば良い。
松林に隠れて海から見えないし、松川を進むしかない、罠を張るには良い奥地だ。津久間から移ったと知れば、頼まなくても呼ばなくてもドンドン来る。