10-12 臣か長が来ると思ったのに
悪取が津久間に向かったのは誰にも何も言えず、苦しんでいる娘を救うため。
他の舟に乗っていた娘たちは、迷う事なく根の国へ旅立った。海社を通って。『もし松田か浦辺に流れ着いていたら』そう思うと居た堪らない。
明里から張り巡らされた糸は、悪しいモノを融かし続ける。悪取が生きている限り。だから遠く離れた津久間に居ても、守る事が出来る。
ミカたちと舟で行かなかったのは、少しでも早く着きたかったから。
合いの子に詳しい妖怪が、五妖とも同じ事を言ったのだ。新たな合いの子は育つのが早いから、ドンドン増えるだろうと。
「悪取様。私は津久間を出て、この子と生きようと思います。」
父母と共に、逃げ遅れた人を助けようとして襲われた国長の娘。どこの国の誰の娘なのか、国を出たから言わないと。名しか言えないと笑った。
「カハ、まだ若いんだ。親と話し合いなさい。」
「国を出る時、話し合いました。私には戻る家が無いのです。」
津久間に着いた悪取は急ぎ、傷ついた娘たちが集められている家へ。
驚いた。幼子から年老いた人まで居たから、いや違う。子を生す事が出来ないハズの幼子の胎にも、新たな命が宿っていたから。
直ぐに奪った。何も言わず、次次と。幼子に産ませられない。だから臍から糸を伸ばし、胎の子を融かした。
股の間から水が出たので、漏らしたと思ったらしい。モジモジする子に『悪いのが体から出たんだよ』と伝えると、オンオン泣いた。
胎の子を融かせたのは幼子と、傷つけられて直ぐの人。
腹がポコッとでも膨らんでいたら、どうしたって流せなかった。胎の子から悪しいモノを奪えたので、人として生まれるだろう。
「悪取様。私も津久間を出て、この子と生きます。」
狩り人である父と共に、逃げ遅れた人を助けようとして襲われた。どこの誰の娘なのか、生まれたのが国なのか村なのかも言わない。
「ヒシまで。まだ若いんだ、親と話し合いなさい。」
「私もカハさんと同じです。話し合って、もう戻らないと決めました。」
津久間に残れないと言い出したのは、カハとヒシだけでは無い。若いのほど明里へ行きたがった。
津久間は豊かで、とても過ごし易い地。里に村、国だって多い。なのにナゼ、荒れ果てた明里に来たがる。
誰の子か分からないダケでも困るのに、妖怪の子だ。清められ、人として生まれても、妖怪の子で有る事は変わらない。
・・・・・・だから、なのか?
明里で子を産んだ娘たちは、生まれ育った地に戻るのは嫌がっても、津久間には戻りたがった。だから社を通して、受け入れ先を探したのだ。
直ぐに受け入れを決めたのが会牧。津久間の東、火の山島の真中にある会牧は出で湯が多く、とても豊か。
三人は離れ離れになるが、付き合いのある村に引き取られる。
「こんにちは。加津の国守、ミカです。」
「こんにちは。会牧の社の司、ツガです。」
港に入って直ぐ、ミカが舟を降りた。クベとオトは残り、娘たちを守る。何も無いと思うが、初めて降り立つ地。会わせるのは、社からの使いだと確かめてから。
「社の司が出迎えてくださるとは。」
臣か長が来ると思ったのに、驚いたよ。
「良く言われます。」
心の声が聞こえるツガが出たのは、娘たちのため。