10-10 津久間に戻る前に
人と妖怪の間に生まれた子は、合いの子は闇に染まり易い? 慈しみ育てても、酷く歪んで育つ。事が有る、と。
信じたくない。信じたく無いが、受け入れなければ。
妖怪の血は、どんなに薄くなっても闇に弱くなる。それは、まぁそうだろう。あの子は、あの子たちに流れる妖怪の血は、良那で見つかった子より濃い?
どうする、どうすれば良いんだ。考えろ、考えるんだ明里。『滅びの力』を生まれ持つ祝だろう、里の『守り』だろう。
いや、そうだ! 死んで隠になり、大蛇神から名を授かったじゃないか。
私は悪取。獣の力を持つ『見張り』で、滅びの力を持つ『守り』なんだ。妖怪になって得た『悪取の力』は、隠になっても消えずに残った。
「ミカさん。娘さんは、その。」
「イイは賢く、優しい子だ。あの子を産んだ母は、娘に首飾りを作った。加津の子なら皆、身に着ける品だよ。」
そうか。父が誰だとか、どんな妖怪だとか分からなくて良いんだ。
母は好いた男と契り、己を身籠った。父は生まれる前に死んだが、母は力を振り絞って、首飾りを作ってくれた。死んだ父母に代わり、国守が引き取った。
国守には思い人がいて、ずっと前に。けれど今も、ずっと離れた所から見守っている。己には生みの親と育ての親が居るんだと、慈しみ守られているんだと。
「娘は合いの子だ。見知っているのは生みの母と、育ての父だけ。けど、それで良い。オレがシッカリしていれば、慈しみ守り育てれば良いダケの事。」
そうだ、そうなんだ。
「悪取さん、あの子たちを親に会わせよう。心の声が聞こえる子は、気の毒だが傷つくだろう。けど一度で良い。抱きしめるのが難しければ、頬か頭を撫でるダケで良いんだ。母の温もりと笑った顔を、心と頭に刻み込む。それで生きられる。」
・・・・・・そうか。温もりを知っていれば、母の笑った顔を覚えていれば生きられる。
嫌、怖い。やっと、やっと消えたのに。思い出したくない、忘れたいの。全て、何もかも全て。
「一度で良い。己は捨てられたんじゃない、別れを告げられたダケ。いつか会える。そう思わせてほしい。」
悪取が三人の娘に、母たちに頭を下げた。
「会いたくない。もう、忘れたいの。」
「私も忘れたい。」
「津久間に戻って、他の村で暮らすわ。だから。」
そう言って、涙を流す娘たち。
「津久間に戻る前に一度で良いんだ。笑って、撫でてやってくれ。『離れて暮らすが、人では無いが、いつか遠くから幸せに笑う母の姿が見られる』そう思わせてほしい。」
ミカが泣きそうな顔をして、笑った。
「私にも有りますよ、忘れたい事。だから『解る』なんて言いません。でもね、無かった事には出来ませんが、忘れる事は出来ます。その前に、あの子たちに残してくれませんか。母の温もりと優しさを。」
モトに言われ、思った。己の事を考えて考えて、言ってくれた事だと。悪取もミカも同じ思いなんだと。
「あの。」
対面した生母から『来ないで』と心の中で言われ、動けなくなる。
「お母さん。産んでくれて、ありがとう。オレたちココに残ります。だから、津久間に戻って。」
当たり前だよ、人じゃ無いもん。怖かったよね、痛かったよね。忘れたいよね、そうだよね。
黙って背を向けた。泣き顔なんて見せたくない、笑った顔だけ覚えていて欲しい。だから。
「ありがとう。さよなら、アサ。」
「エッ。」
振り返ると、ニッコリ微笑む母の姿が。嬉しくて嬉しくて、涙が引っ込んだ。
アサ。名だ、名付けてくれた。ありがとうって、そう言ってニッコリ笑って。