10-8 一度で良い
生まれる?
確かにオカシイと思ったわ。追い立てられるように浦へ向かい、ボロボロの舟に放り込まれた。『捨てられる』そう思ったの。
私が乗っていた舟は大きかったけど、二十人ほど詰め込まれた。
他の舟は違った。三人乗ればイッパイになる舟に、子を含めて十人。沖に流され、引っ繰り返って沈んだわ。
二十人のうち、傷つけられた娘は十五人。他は人食いだった。生き残ったのは、私を入れて五人。
沖に出て直ぐよ、一匹が目を覚ましたの。近くに居た人にガブッと食らい付いて、ゴクッと飲み込んだわ。
気が付いたらグウグウ眠ってたの。だから海に落とした。
起きたら、次に食われるのは私たち。ガタガタ震える度、腹が膨れた。怖くて恐ろしくて、でも死ねなくて。
「ウッ。」
蹴った。・・・・・・漏ら、した?
「ヴゥッ。」
痛い。痛いイタイ痛い。
何なの、何なのよ。なぜ私なの。
他の二人に比べたら、そんなに膨れてナイ。なのに、なのに。死にたくない。死にたくない死にたくない、私は生きたい。生きたいの。
お願い、お願いだから殺さないで。
「アッ、アァァッ。」
胎の子が両の手で、腰の骨を押し広げている。そんな感じよ。まっ、股が裂けるぅぅ。
「えっ、湯。湯だ、火を薪を。」
お産は女の戦、男が立ち会う事は無い。幾ら祝でも、お産が始まれば産屋から出される。
悪取がアワアワするのは当たり前。
これまでの合いの子でも新たな合いの子でも、直ぐに引っ張り出さなければイケナイのは同じ。口まで出たら母を食らえる。
そうなれば、もう殺すしか無い。
譬え望まなくても命懸けで産んだ子。育てるかドウカは別として、生きたまま会わせたい。
一度で良い、優しく笑う母の顔を見せたいんだ。
撫でられなくても、離れていても、その顔を覚えていれば前に進める。生きていられる、生きられる。
「退け悪取。目を開けろ娘さん、コレを噛め。聞こえるかい、加津のミカだ。」
「ハッ、はいィィィッ。」
見開いたまま、歯を食いしばる。
「カノシシの皮だ。洗ってある、噛め。口を開けろ。」
小さく開いた口に素早く、畳んで厚みを出した皮を噛ませた。
「千砂のモトだ、支えるよ。そのままで良い、鼻で息をするんだ。ほら吸って・・・・・・止めて。」
四つん這いになった娘を支えながら、息張る頃合いを計る。
「ムグゥゥゥ。」
息張る娘の膝を掴み、腿を上げる。額までヌルッと出た。グリグリ動いた、その時。
「モト。」
躊躇う事なく、娘に覆いかぶさるモト。鼻まで出た嬰児の頭を鷲掴みにして、ガッと引っこ抜くミカ。
「生まれたよ。」
嬰児の頭を掴んだまま、ミカが産屋を飛び出した。モトは娘に声を掛け、顔と首筋に湿った布を当てる。
「あ、たし。生きて。」
「あぁ、生きてる。」
産屋の端で突っ立ったまま、見開く悪取。もっと掛かると思っていたのに、アッと言う間に生まれたから。
明は産屋の外でポカァン。嬰児の頭を掴んで、ミカが飛び出したから。
国守たちは慣れたモノ。テキパキと娘の世話をするモト。『直ぐに熊を食わせてやる。だから待て、待てるな』と言いながら、弱らせた熊を入れた大穴へ走るミカ。
「シッカリしなければ。」
悪取がポツリと呟いた。