10-2 里の名にしましょう
もうダメだ。
好きで白く生まれたんじゃない、好きで赤眼なんじゃない。なのにナゼ虐めるの。群れから追い出されて、熊に食われて死んだ。
もう苦しまなくて良いと思ったのに、隠になるなんて。
「お母さん・・・・・・。」
戻ったよ、群れに。なのに一頭も気付いてくれない。白い森から飛び出して、他の隠に追い回されて逃げて逃げて力尽きた。
辛い、寒い。凍りそう。
「疲れたよ。」
動けなくても涙は出るんだね。
群れを出された犲が山を出て、生きられるワケないよ。だから死んだ。隠に生まれ変わって、また死ぬのか。もう良いよね。
生きるのが怖い、恐ろしい。嫌だよ、寂しいよ。
「お助けください、神様。」
氷のように冷たい土に横たわり、目を閉じた。
死んで隠になった。また死んだら、次は何になるんだろう。何でもイイけど、一匹は嫌だな。
「おいで、共に暮らそう。私は悪取。君は?」
まだ幼い、犲の隠。赤い目をした白い犲。言の葉が聞こえたから、人の子だと思ったよ。
「名を教えておくれ。」
・・・・・・思い出せない。何だっけ。
「うん、そうか。そうだな。闇を照らす光、『明』と名付けよう。」
「ありがとうございます。明、生きます。悪取様の御為、この命を捧げます。」
「私より先に死んではイケナイ。命は一つ、どんな時も何が起きても、決して捨ててはイケナイよ。」
「はい、捨てません。」
キュルン。キュルルゥ、ポッ。
「里へ帰ろう。兎が三匹、罠に掛かってね。私一隠では食べきれない。明、兎は好きかい?」
「はい、ダイスキです。」
キュルルルゥ。・・・・・ポッ。
犲の里は荒れ果て、家も田畑もボロボロ。とてもじゃナイが暮らせない。松田が蹴ったのだろう。里の真中に在った、石積の社までバラバラ。
この里は松田の縄張りの真中、深い山の奥にある。北は白い森、南は海。東には大磯川、西には椎の川。グルリと大木に囲まれ、穏やかで豊かだ。
昔は多くの人が暮らしていたのに、今は誰も居ない。だから試しに悪しきモノを奪う力を揮い、耶万に撒かれた毒を取った。
清らになったよ、驚くほど。
薄れていたから、多くの時が流れたんだろう。
人は暮らせなくても、他の生き物は暮らせる。虫が戻り、鳥が戻り、四つ足が戻った。清らになったから、もっと多くの生き物が戻るだろう。楽しみだね。
「さぁ着いた。ココが私の生まれ育った『犲の里』だよ。もう、名を変えなきゃイケナイね。」
「悪取の里が良いと思います。」
キリッ。
「私はね、いつか隠の世へ行く。ココに残る人が困らない、そんな名が良いよ。」
「悪取様。人だった時の御名も、アトリですか?」
「アカリ。『里を明るく照らす光になってほしい』との願いから、父母より『明里』と名付けられた。」
「明里、とっても良い名です。里の名にしましょう。」
キュルルルルルゥゥ。・・・・・・テヘッ。
お腹が空いていたのだろう。兎を三匹、ペロリと平らげた。それからウトウト。
さて困った。私は木の上で休めるが、明は犲。木に登れない。家を建てるにしても、うん。どうしたモノか。
「この高さなら、明にも跳ね上がれるだろう。」
悪取は御犬社の横に生える柞に触れ、心の中で『私たちの家になっておくれ』と呟く。するとサワサワと葉を揺らしながら輝き、洞が少しづつ大きくなった。
優しい声で『ココで休みなさい』と言われた、ような気がする。