9-78 叫ぶ事しか出来ない
音も無く迫り来る光の壁。天と地からも押さえられ、身動きが取れない。他の大祓とは何もかも違う、恐ろしく大きな力。
中つ国、人の世。
加津神を御支えするのは亀神の使い亀、敷。千砂神を御支えするのは猪神の使い猪、筒。耶万神を御支えするのは鳶神の使い鳶、輪。
大貝神の闇堕ちに備え、土を見守る蜉蝣神の使い隠、浮。
中つ国、隠の世。
海原の治めの隠、亀神は加津神を。向山の治めの隠、猪神は千砂神を。一山の治めの隠、鳶神は耶万神を支え為さる。
この度は大祓に加え、代替わりの儀が執り行われるのだ。万が一に備え、出来る限りの事を。
大貝神が闇堕ち為されば加津神、千砂神、耶万神も道連れ。祝が力を揮っても加津、千砂、耶万が堕ちてしまう。
それだけは何としても、阻み止めなければ!
目には見えない、けれど確かに在る何かが狭まる。ソレに触れると体が融け、煙になるのだ。
「大祓だ!」
そう叫び、消えた。
「逃げろ!」
壁を破る事は出来ない。となれば、内へ内へ。
「退けぇ。」
転がるように走り続ける。
シュッ、シュッと聞こえる度、震えあがる妖怪たち。
人と妖怪の合いの子は、大祓が何なのか知らない。けれど『当たれば、跡形もなく消える』という事は解った。
「アァァァ。」
死にたくない、だから逃げる。親に会いたい、だから逃げる。甘えたい、だから逃げる。褒められたい、だから逃げる。逃げなきゃ死ぬ、殺される。
そんなのイヤだ!
「アァァァ。」
死んだら親に会えない。死んだら甘えられない。死んだら褒めてもらえない。親に会いたい。会って甘えたい、褒められたい。
「アァァァ。」
戯れるように飛ぶ、二羽の鳥。ピィチク鳴きながら、巣で親を待つ雛。止まり木に並ぶ番たち。
この背に翼が有ったなら、鳥のように飛べるのに。高く高く、どこまでも飛んで、親を探しに行けるのに。
「アァァァ。」
カノシシにイノシシ、猿に熊。狐にも狸にも親が居る。毛繕いしたり狩りを教えたり、子を慈しむ。なのにナゼ一人なの、親はドコ。
「アァァァ。」
生まれた時のコト、良く覚えてナイ。狭い所から出て、お腹が空いて食べた。食べて食べて眠くなって寝て、起きたら転がってた。
生まれて直ぐ、人を食らった合いの子たち。人と共に暮らせない。だから滅んだ里や村、国に捨てられた。
抱きしめられた事も、笑いかけられた事も無い。だから笑えない。歯を見せれば、敵だと思われるから。
言の葉を掛けられた事も、話した事も無い。だから叫ぶ事しか出来ない。言の葉を知らないから。
森の奥に入り、歩き続けて他の合いの子に出会した。獣のように唸り、間合いを取る。暫く見合ってパチクリ。恐る恐る近寄り、互いに離れる。
近寄り、離れる。ジィと見つめ、指を丸めて爪を立て唸る。
ただ唸るダケで何も伝わらない。他の獣とは違い、裸ん坊。己も同じ裸ん坊。互いに近寄り、ツンツン。
少しづつ集まり、合いの子が群れを成した。けれど言の葉は出ない。歩くのも走るのも手は使わず、足を使う。他は四つ足と同じ動き。
狩るのは人、狙うのも人。獣より狩り易いから。