9-77 愚かにも私は
頭の中に響く声、声、声。あの時、丸投げしなければ。あの時、直ぐに動いていれば。あの時あの時、あの時も。
大貝山の統べる地には呆れるホド、戦好きが多い。アチラでもコチラでも戦、戦、戦。多くの涙と血が流れ、バタバタ死んでゆく。
国つ神なのに、直日神なのに私は。
下らない事に命を懸ける人を嘲笑い、見捨てた。己に無いモノを欲しがり、奪う事しか出来ないと見捨てた。憎しみを抱き闇に呑まれ、死にゆく人を見捨てた。見捨てた、見捨てたのだ。
「水豊神。」
長瀬山が崩れ、飲み込まれた。水が多い地だったが、崩れるホドでは無い。あの山には多くの里、村もあった。多くの人が住み着き、幸せに暮らしていたのに。
風見から溢れた闇は、恐ろしく濃かった。
だから逃げたのに耶万神と殺神に捕まり迫られ、三柱で追い込むも勢い余って長瀬山へ。
慌てる耶万神と殺神を置いて、大貝山に逃げ帰った。そう、水豊神に丸投げしたのだ。
二柱に風見神、早稲神、沼田神。五柱が急ぎ、長瀬山へ。けれど遅かった。長瀬山は崩れ流され、多くの命を飲み込んで。
「山守神。」
流山と名を改めた長瀬山を、霧雲山の統べる地に加える。その申し出を喜んで受けた。大社の、それも大札を出された時は驚いたが・・・・・・。
人のイザコザを収める釜戸山、隠や妖怪のイザコザを収める乱雲山。どちらかに偏らず、正しいと認められる様を示す霧雲山。
根の国へ繋がる道を守り、取り仕切られる鎮野神。霧雲山の水、全てを取り仕切られる大泉神。
祝辺の守に仕える平良の烏、平良の地を守る祝辺。山守神に仕える山越烏、山越の地を守る山守の祝。
祝辺の守が人の長となり、霧雲山の統べる地で暮らす人を纏めている。
そうか、手分けすれば良かった。霧雲山を祝辺の守に任せ、統べ為さる山守神のように。
「なぜ私は。」
あの大きな、大きな霧雲山に出来たのだ。小さな大貝山にも出来たハズ。なのに逃げた、押し付けた。統べる神で在りながら、統べる地に御坐す神神に。
守る地から闇が溢れても逃げず、留まり為さった耶万神。戦に敗れ滅んでも、組み込まれても見捨てず、生き残りを守り為さった神神。
守る地の人が死に絶えても、その魂を清め導き、御隠れ遊ばした神神。放たれても神に寄り添い、共に旅立った使わしめたち。
「・・・・・・土。」
申し訳ない。止めてくれたのに、私は社を飛び出した。妖怪の国守に、この地を調べさせようと。闇が渦巻いている。気づいていたのに押し付け、丸投げしようと。
加津社に千砂神、耶万神。三柱が集い座したのに、なぜ気づかなんだ。私はナゼ。
隠の世を統べる、はじまりの隠神。滝の守り神で、鱗に覆われた生き物の長。天つ国、根の国とも結び、人の世でも崇め祀られる国つ神でも在らせられる。
その大蛇神が仰った。『代替わりを』と。
なのに愚かにも私は、逃げようとしたのだ。
「耶万神。」
憎しみを抱いて死んだ祝が、大貝山の統べる地に禍を。それでも見捨てず、見守り続けた事が疎ましかった。
けれど、今なら解る。
助けたくても助けられず、救いたくても救えなかった事を悔いて、縋ったのだ。後の世に。
これだけの大祓、為損なえば闇堕ちする。
なのに加わり為さったのは、この地を救うため。大貝山の統べる地を、闇から守るため。望みを繋ぐため。