9-76 最後の使命
犲の里人は死に絶えた。社の司が生まれ持つ闇の力も、祝が生まれ持つ滅びの力も、受け継ぐ者が居らず消えて無くなる。
耶万で殺された祝は妖怪となり、里に戻って闇堕ち。闇に呑まれたのだ。暴かれた墓、乱れた骸を見て。
泣きながら足を揃え、乱れた衣を整えた。髪に櫛を入れ、墓に戻す。嬰児は母の胸に、幼子は母の横に。外で死んでいた里人も、残らず手厚く葬った。
墓に花を手向け、首を垂れる。
涙が止まらない。松田の兵は人では無い、バケモノだ。墓を暴いて骸を、死人を。
どうか、どうか安らかに御眠りください。祝の力は失いましたが許されるまで、墓守として留まります。
「私は人の世から、この地から離れられません。」
そ、れは。
「少し前、妖怪の祝が来ました。腰麻の生き残りを探しに、この里まで。」
・・・・・・ユキ、だったか。
「ユキさん、良い名ですね。」
き、こえる、のか。
「えぇ、ハッキリと聞こえますよ。」
御犬様、隠犬さま。妖怪ですが里の生き残りとして、祝として誓います。必ず大貝神を、根の国へ御連れすると。
加津神、千砂神、耶万神。心置きなく大祓の儀を。この身が、魂が砕けようとも決して放しません。
松田の縄張りは闇に沈み、暮らすのは悪人や罪人。捨てられた人と妖怪の合いの子が、ペロリと平らげます。なのに、次から次ヘワラワラと。困ったモノですね。
人を食らった合いの子は、他の里や村、国では生きられません。ですから連れて行きます。
この里があるのは、松田の縄張りの真中。纏めて清めるには良いでしょう。
「はっ、離せ。」
力を吸われる。祝か、妖怪の祝なのか。
「確かに死にましたが、妖怪の祝ではアリマセン。祝の力は消えて無くなり、代わりに得たのが。」
見上げるとトロンとした何かが、蜘蛛の巣のように広がっていた。真上には、大きくて白いモノがプラァン。
「あれは、子か?」
張り巡らされたソレがグルグル回って、巻き上げている。端まで運ばれ、蛙の卵塊のようなモノにポトリ。次次と放り込まれ、ギュウギュウ詰め。
下に居るのは、叩きつけられた蛙のようにベタァ。
捨てられた合いの子は皆、人を食らっている。
腹が膨れるまで食らうと倒れ、グウグウ。寝ている間に舟に乗せ、滅んだ地に捨てられる。腹を空かせた合いの子は、人を求めて森に入る。
松田の縄張りは広く、多くの人が潜んでいる。食べるモノには困らない。悪人も罪人も、野に放てば繰り返す。だから合いの子に食わせ、間引くのだ。
「こ、この感じ。」
「闇喰らいの品です。」
困った事が起きる。合いの子が育ち、子を。闇喰らいの品を手に入れた合いの子が、人をタラフク食らい続けると親になる・・・・・・らしい。
この地に御坐した神は、残らず御隠れ遊ばした。地を閉じたり、力を奪う事など出来ない。だから罠を張り巡らせる。
残らず搦め捕るために。
「止めて、殺さないで。」
「寂しいよ、一人はイヤだよ。」
幼子の声が頭に響く。切なく、苦しい。ハッと顔を上げると目の前に、呪うように見据える罪人の魂が。
「ギャァァァァァ。」