9-75 逃がしませんよ
狂気と悪意を向けられ続け、心を切り刻まれる。
耐える? いつまで。聞き流す? いつまで。逃げる? どこへ逃げれば良いのだ。濁った水の流れに呑まれ、藻掻き苦しむ私には・・・・・・。
「松田の大王だと?」
耶万の南西にある今井に攻め込み、耶万の兵にアッサリ敗れる。
隠れ里から今井まで、休まず進み続けたのだ。あれだけ居た兵は減りに減り、たった二十。残りは力尽きたり、行き倒れて死んだ。
生きたまま獣に食われて。
「耶万を滅ぼし、我が物とする!」
滅びの力をタンマリ注ぎ込まれ、壊れた大王は気づかない。祝に操られている事に。腰を引き寄せ、侍らせていると思い込んでいる。
「ハッ、嬲れ。生きたまま獣に食わせろ。祝を館に連れて来い。」
まだ男だと知られていない。
耶万の男は女狂い、大王はケダモノ。攫ったり差し出された祝女を皆の前で穢してから、毒で狂わせた祝人に襲わせる。
強い祝の力を生まれ持つ子を、一人でも多く産ませるために。
止めてくれ。もう見たくない、許して。務めを果たすと誓うから。頼む、頼むから。
後ろ手に縛られた祝が、大王の前に投げ出された。周りをグルッと、イヤラシイ目をした男に囲まれている。
これから何が始まるのか、社に守られ生きてきた祝にも分かる。
大王だと確かめてから目を合わせ、滅びの力を揮った。ポッと赤くなったら恥じらいを見せ、体に触れたら手首を掴み、拒みながら重ね掛け。
男と知られるまでに、どれだけ注ぎ込めるか。
男だと知られれば、きっと直ぐに殺される。
死ぬのは良い。里を滅ぼした松田の兵も、大王も殺せたから。サッサと死んで里に戻り、皆の魂を守らなければ。そのためにも、今は。
「こっ、コイツ男だ。」
耶万王の目が濁っているのを確かめ、祝が微笑んだ。
「何が可笑しい! 殺せ。嬲り殺せ。」
目から光が消えるまで注ぎ込みたかったが、まぁ良い。目が濁ったんだ、生まれた事を悔いながら死ぬだろう。
バキッ、ボキッ。ベチャッ、グチャッ。
「・・・・・・ハァァァァ。」
人を呪わば穴二つ、良く言ったモンだ。男は痛みに弱いと言うが、まぁ耐えられるよ。この力を生まれ持った所為か、痛みに強いのかな。
神様、御願いします。妖怪にしてください。隠だと骸に触れられません。里の皆を手厚く葬ったら、魂でも何でも御好きに。
それまでは死んでも死なないと誓います。
なんと、なんと恐ろしい事を願うのだ。
顔が変わるほど殴られ、手足を捥がれ、それでも光を失わず生き抜いた。そんな祝の今わの願いが・・・・・・。
「松田を滅ぼす。新しい『耶万の夢』を、死ぬまで試し続けろ。」
「ハッ。」
あぁ、何と恐ろしい。『耶万の夢』は全ての生き物を狂わせ、殺す。なのに泉や池、川に放り込み行き渡らせるとは。
松田の縄張り、全てから人が消えた。毒水を飲んだ、他の生き物も死んだ。殺された。
「御分りいただけましたか、大貝神。」
「はっ、祝。」
「さぁ、共に参りましょう。代替わりするには、御隠れいただくより他ナイのです。逃がしませんよ。フフフ。」
い、嫌だ。死にたくない、死にたくないぃぃ。