9-74 もう止めろ、止めてくれ
囮になった祝により、多くの兵が里を離れた。子と女、年寄りは残らず死んだ。生き残りは長を含め、十人。ジリジリと下がり、里に逃げ込む。
「皆、また会おう。」
二人一組になり、向かい合う。互いの胸に、斜めに切って節を抜いた竹を。
止めてくれぇ! 頼む死ぬな。生きろ、頼むから。お願いします、生きてください。止めてぇぇぇ!
竹筒が心臓を貫き、ドバッと血が噴き出した。
真っ赤に染まった土に、ドサドサ倒れる里人たち。里の外で死んだ里人も、里の中で死んだ里人も皆、穏やかな顔をしている。
痛かったハズ、嫌だったハズ。苦しんだハズ、生きたかったハズなのにぃぃ。
堀を越え、松田の兵が押し寄せた。里を調べ尽くし、生き残りが居ないと知る。食べ物や織物、矢や馬を奪い・・・・・・。
「クッソォォ。」
骸を傷つけ始めた。
「墓を暴けぇ。」
葬られた骸を引っ張り出し、穢す。
なんて酷い事を。松田の兵は人では無い、ケダモノだ。骸を、死んだ人に何をする。止めろ、今すぐ止めろ。止めるんだ、止めてくれ!
神も隠も、生き物に触れられない。守りたくても守れない。だから御犬様は、使わしめを放たれた。
仕える神が闇堕ちすれば、使わしめも闇堕ちする。それを防ぐために。
里を覆う光が闇に染まり、松田の兵から気を奪う。
煙のようにシュルシュルと、命の源が吸い上げられる。枯れ木のように痩せ細り、スカスカになった体が砂のように崩れた。
灰は舞うことなく闇に吸われ、残らない。
「大貝神。目を背けず、向き合い為され。」
「隠に出来る事は限られます。けれど統べる神なら、多くの事が成し遂げられる。違う時が流れたでしょうに。」
御犬様も隠犬さまも隠。闇堕ち為さっても御力を揮われ、里を清め為さった。全てを擲ち、使わしめだった犲と共に御隠れ遊ばす。
殺めたのは一人、二人では無い。里に攻め込んだ松田の兵、全てを滅ぼしたのだ。
白く輝いていた御姿は黒ずみ、所どころ朽ち果てている。両の肩にズンと伸し掛かるソレは、殺した罪人の魂。
呪うように見据える。
「わ、わたし、は。」
体どころか指さえ動かせず、見開き為さる。見えない手で喉を押さえられ、息が出来ない。罪人の魂がニュッと伸び、大貝神を飲み込んだ。
底の無い穴に真っ逆さま。
「お母さん。」
後ろから切り付けられ、死んでゆく。
「死にたくない。」
深手を負いながらも、腹這いになって進む。
戦なんか嫌いだ。戦場になんか行きたくない。奪いたくない、殺したくない。だけど殺さなきゃ殺される。
「お、かぁ、さん。」
目から、光が消えてゆく。
「し、に、たく、ない。」
伸ばした手が、ドサッと落ちた。
もう止めろ、止めてくれ。私が悪かった。統べる地を救おうとも、守ろうともせず私は!