9-72 里人の最期
社の司が生きていれば。もっと早く闇の力を持つ子が生まれていれば、犲を通して知る事が出来たのに。
「里や村、国なら何とか。けれど大国、松田には勝てない。」
兵の数が違い過ぎる。囲まれてしまっては、橋を落とされては逃げられない。
「松田に敗れたら、人として扱われなくなる。」
『あの時、死んでおけば』と悔いるんだ。
他の国なら話し合うか、組み込まれるか。けれど松田は違う。男は戦場に放り込まれ、先駆けや後備え、囮や的に使われる。
女は穢され孕まされ、誰の子か分からない子を産まされる。子は男でも女でも売られ、年寄りは生きたまま獣に食われる。
「頼りない長で申し訳ない。この里は終わりだ、松田に知られた。」
里人が顔を伏せて、サメザメと泣く。
敵が耶万なら、子と女を隠して戦う。けれど敵は松田。ドコに隠しても獣を嗾け、見つけるだろう。そして残らず、グチャグチャにする。
松田の兵は戦に敗れ、奴婢にされた生き残り。人でありながら、人らしくない行いをする。死ぬ事も出来ず、生きる事も許されず、戦う事しか出来ない。
守りたい人を守るため、心を壊して戦い続け、死ぬ。
「子や女は年寄りが、年寄りは里守が。」
そう言って、歯を食いしばる。
「長、それでは足りない。だから私が囮になります。」
里の祝、明里が前に出た。
子と女、年寄りが死んだのを確かめてから、女の姿をして里を出ます。落とされた橋の前で驚いで見せて、そのまま走れば追って来るでしょう。二手に分かれて。
祝は男でも女でも、祝としか呼びません。社の外に出る時は必ず、布を被って顔を隠します。ですから松田は私が、祝が男だと知らないハズ。
『あの時、死ねば良かった』なんて、思ってほしくない。けれど生き残れば必ず、松田に使い捨てられます。人として死ねなくなります。そんなの耐えられない。
「祝・・・・・・。」
や、めろ。早まるな、生きろ。生きていれば、いつか必ず良い事が。命は一つ。だから考え直せ。生きてくれ、頼む。
「皆、また会おう。」
アァァァァ! 止めろぉぉ。なぜだ、なぜ殺す。なぜ殺し合う、止めてくれぇぇ。
嬰児を胸に押しつけ、鼻と口を塞ぐ母。幼子の首に腕を回し、締め上げる母。冷たくなった我が子を抱き、泣き叫ぶ母。そんな娘を苦し気に見つめる母。
フラフラと立ち上がり、向かい合う。手には石器、斜めに切った竹。一思いに死ねるよう、確かめてからズブリ。
年老いた父が、骸の頬を撫でる。それから黙って手を合わせ、手厚く葬った。
「ア゛ァァァァァ。」
止めてくれ、頼む。死ぬな、生きてくれぇぇ。
押し寄せる敵に向かって走りだす、年老いた男たち。一人、また一人。微笑みながら死んでゆく。里に近づけず、焦る松田の大王。
祝が見つかった。
谷沿いを馬で駆け、敵を引き付ける。生き残りがジリジリと下がり、里に逃げ込み立て籠もった。そして・・・・・・血の雨が。