9-55 闇が消えるまで
ポタポタ垂れた、涙のようなソレが広がる。どす黒く、欲と色に塗れた光江の地に。
「あれ、は。」
光江の生き残りは少ないが、居る。多くは子で親無し。
「ごめん、なさい。」
攫われ売られる人たちに、言えないような事をした。
「ゆる、して。」
食べ物を持って行くよう言われたのに、持って行かなかった。
「ごめんなさい。」
グッタリしている子に、海の水を掛けた。
「ごめんなさい。」
助けを求められたのに、鼻で笑って罵った。
「ごめんなさい。」
無くさないように持っている品を取り上げ、踏ん付けて壊した。
「許してください。」
「もう、しません。」
「そんな目で見ないで。」
「お願いします。」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ。」
鎮の西国や中の西国、真中の七国から来た兵の中には、子が多く混じっていた。己と同じくらいの子が。
体から魂を抜かれ、舟に骸が投げ込まれる。それを見てケラケラ笑っていた。『ざまぁ見ろ』だの『スッとした』だの『死んで当たり前』だの罵って。
光江だけ? いや違う。采に大野、安に悦。他から嫌われている国は多い。耶万に滅ぼされ、取り込まれたから残ったダケ。
そう、残ったダケで戻らない。親も兄も姉も、妹も弟も誰も戻らない。残された。一人残された、生き残ったケドどうすれば。
無ければ奪えば良い。でも、どこから奪う。無ければ作ればよい。でも、どうやって作る。無ければ貰えば良い。でも、誰から?
キュゥゥッ、ボン。ボボボン。
闇の実が弾け、光が降り注ぐ。溢れた闇に沁み込んで、シュワシュワと泡立つ。腐った魚のような匂いがブワッと広がり、鼻を突く。
見えない、けれど見えた。
腐った骸が地を這いながら、こちらに近づいてくる。顔を歪め、恨めしそうな目で近づいてくる。逃げなきゃ。でも逃げられない、動けない。
動け、足。動いてくれ。
「ア゛ァァァァァ。」
頭を抱えて叫ぶ者、髪を搔き毟り叫ぶ者。胸に爪を立て叫ぶ者、漏らし泡を吹き叫ぶ者。
どんなに悔いても戻らない。耶万に敗れて滅んだのに、何をしても許されると思っていた。死んだ者は戻らない。狡賢く、強いのに媚びて生きてきた。
弱い物を虐げ、喜んだ。弱いヤツが悪いんだ、そう言って笑い転げた。
そうだ、だから滅ぼされたんだ。耶万の大王に隠れて売り捌いていたのを知られた。だから光江の者は皆、奴婢になったんだ。
「ギャァァァァァ。」
息を引き取る時、闇の実が弾ける。激しい痛みが走り、何も考えられなくなる。強く願った死を迎えても、安らぎを得られない。
光江から闇が消えるまで。