9-50 叶わなかった願い
いきなり空が、いや闇に包まれた。何かが飛んできて、舟の底に。
・・・・・・体ではなく、舟に穴を開ける気か。沈めば和邇に食われる。食い殺されるのは嫌だ! 帰りたい。家に帰りたい、帰りたいよぉぉ。
何も見えない。死んだのか、殺されたのか。嫌だ死にたくない、生きたいよ。神様、助けて。お助けください、お願いします。
嫌だったんだ。戦になんか、戦場になんか行きたくなかった。けど断れなかったんだよ。誰かが行かなきゃ、オレが行かなきゃ食べ物が貰えない。
死んじまったよ、父さんも兄さんも戦に取られて。姉さんも妹も攫われて身籠った。母さんが泣きながら取り上げて、みんなで看取ったんだ。
生き残った妹や弟を守るのは、守れるのはオレだけ。母さんはボロボロ。オレたちに食わせるため、少ししか口にしない。だから嫌でも出た。なのに、なのに。
「ナッ、何をする。」
クベの闇に包まれ、影が消えた。ミカの闇が伸びて、叢闇鏡と叢闇珠が掴まれる。そのまま影から引き抜かれ、闇の中へ。
「取り込めない?」
闇の中に閉じ込められたのに、その闇を奪えない。何が起こっている。怒りや恐ろしさ、苦しみ痛みが伝わってくるのに、怖いくらい穏やかなのはナゼ。
「縮んで、いる?」
静かに、少しづつ狭くなっている。何だ、この水は。力が吸われる、いや奪われる。祝、清めの力か! この闇は祝の力。違う、そうじゃ無い。
「何も、聞こえない。」
沈められたのか。幾ら激しく打ち当ててもビクともシナイ。これだけ強い闇に、清めの水ダケが通る。どう考えてもオカシイ。
「海布さま。小さいのと大きいの、分けました。間に加津の清め水をタップリ入れたので、重いですよ。」
殺神の使わしめ、海布は蛇の隠で闇に強い。叢闇の品を隔離した闇の包みをミカから受け取り、ニッコリ。
「あちらは。」
「西国や七国に帰るなら、そのまま放します。もし一人でも『戦を』と言えば、そうですね。海神に御願いして和邇を。フフッ。」
和邇さんズ、わくわくスタンバイしてます。大人しく並んで、控えてますヨ。
「確かめたら少し、待っておくれ。どういうワケか光江に闇が溢れだした。アレを清めるのに、兵の魂は使える。」
「はい、解りました。」
和邇が集まっている。ビチビチしてるから、少しでも食わせなきゃ釣り人が危ない。甲さまが止め為さるだろうけど・・・・・・。
骸だけ食わせれば、引いてくれると思うんだよなぁ。
「骸を幾らか、海に入れるよう頼もう。」
「お願いします。」
アコは賢い。光江の地に血を吸わせるより、残った骸を海に捨て。いや、魚の餌にする事を選ぶだろう。
「臣、または頭に聞く。この地に何をしに来た。」
「誰だ! 姿を現せ。」
いや、それ無理。
「加津から離れたのは良い。が、なぜ戻らなかった。」
兵の多くは、撤退を願ったのに。
「戻れるか! 耶万を滅ぼしに来たんだぞ。」