9-38 見るからに禍禍しい
三鶴は玉置が嫌いだろう。嫌いなハズだ、嫌っているハズなんだ。なのにナゼ。
「それは有り難い。叶うなら、十ほど。」
宝玉の社の司、ニッコリ。
「国長に頼めば、水手も集められますが。」
木下の村長、ニコニコ。
逃げられない。釜戸山に送られ、死んでしまう。
人攫い、それも子を攫う罪は重いんだ。酷く痛めつけられ、火口に吊るされる。縄が切れたらドボン。
どうする。どうする、どうする、どうする。死にたくない死にたくない、死にたくないんだオレは生きたい。生きたいんだよ、死にたくない!
「ア゛ァァァァァァァ。」
玉置の国長ビビ、絶叫。
ゆらゆらメラメラと、黒い炎が狂ったように迫る。マルコを抱くタマをノリコが、コハルを抱くミヨをシゲコが、守りながら遠ざけた。
「オイ、懐のモン出せ。」
「何か有るのか、ノリ。」
「カンだ、嫌な感じがする。気をつけろ、シゲ。」
「分かった。」
弓に矢を番え、放とうとした。その時、闇の手が伸びる。ノリに腰を引かれ逃れるも、向きを変え牙をむく。
「ワン!」 ヤメロ!
タマの腕からマルコが飛び出し、闇に嚙みついた。
「ギャァァ。」
縛られたまま手を開き、痛がるビビ。
禰宜は風の刃で闇を切り、シゲとノリを助け出す。祝は水を操り、罪人の動きを止めてから、ビビの懐を探る。何かに触れ、ビリッ。
驚いて手を離すと、拳くらいの石器が落ちた。見るからに禍禍しい。
「何だコレ。」
近づこうとした祝にマルコが吠え、唸る。
「ワン、ウゥゥ。」 イケナイ、ハナレテ。
これは悪いヤツだよ、イケナイよ逃げて。
ボクはマルにギュッとされたり、ナデナデされてね、清らな力を貰ってるんだ。だから少しだけ、耐えられる。
「ダズゲデェ。」
石器から伸びた闇の手に包まれて、ビビがシュルシュルと干乾びてゆく。
ノリが右腕でマルコを抱え、ポカンとするタマを左肩に担いで走る。シゲはコハルを抱いたまま動けないミヨを、そのままヒョイと横抱きして走る。ノリコとシゲコは、それぞれの飼い主に続く。
社の司、禰宜、祝は集まった人に叫び続けた。『ココから離れろ』と。
親は子を抱えたり、担いで逃げる。歩ける人は年老いた人の手を取り、転ばないようにタッタ。
取り残された罪人は真っ青。縛られたままスックと立ち上がり、スタコラサッサ。腰を抜かしたのはガクガク震え、逃げられず漏らした。
「宝玉湖に入れ!」
社には入りきらないが、湖には入れる。足首まで入ればソレで良い。冬なら辛いが、今は夏の初め。日も照っている。凍える事は無い。
「ワオォォン。」 オロチィィ。
宝玉社に駆けこんだマルコは、宝玉神と使わしめに頭を下げてから、迷う事なく遠吠え。
その声は社を通して、隠の世に響き渡った。