9-23 好機逸す可からず
これは酷い。食い散らかされた骸に、腹を空かせた獣が集まる。汚れに染まった屍を離れ、光を求めて彷徨う。
中つ国、人の世なのかココは。根の国では無いのか。
「大蛇様。あちらに御坐す一柱、大国主神では。」
チュウがチイに攀じ登り、申し上げる。
「フム、そのようだな。」
望みも願いも叶わない。そんな時にコロリと騙され、過ぎた事を悔いる。といったトコロか。虚ろな瞳で遠くを見つめ、終わりに備えているような。
大祓の儀を執り行う前に多くの妖怪に囲まれ、ピクリとも動けなかった。
鎮の西国、中の西国でも闇が溢れ、数多の神が御隠れ遊ばす。真中の七国も同じ。となると、引き籠ってはイラレナイ。
「兎の姿が見えません。」
ウンと背伸びをして、チュウ。因みに大社の兎は、大量離職しました。
「倒れるまで働き、縁の者に引き取られたトカ。」
頭にチュウを乗せたまま、チイがモフン。お察しの通り、ウサちゃんズは過労死寸前。
チュウとチイ、仲良くオシャベリ。燃える水のように黒くてドロドロした闇を祓うには、もう一妖か一隠。どうしたモノかと御悩み遊ばす。
「兄弟神に御頼みし、断られたか御隠れ遊ばしたか。」
敵前逃亡なさいました。一柱くらい、踏み止まられても良いのでは?
「大祓により、数多の神が御隠れ遊ばしたと。」
はい、その通り。
「天つ国と根の国からの支え無く、執り行われたトカ。」
底を抜いた竹筒に、水を注ぐようなモノ。
大蛇神、チュウ、チイ。思わず溜息。呆れたのではアリマセン、闇が濃すぎて吐いたのです。
何だカンだで祓い清められ、落ち着きました。だから人の世は開かれたのです。また溢れれば閉ざし、隠の世が動く事に。
人の世の事は人の世で、隠の世の事は隠の世で。その定めが破られれば、中つ国は大きく荒れるでしょう。そんな事、誰も望みません。
「大蛇神、この度の事。」
「ウム。アレは禍を齎す闇、中の西国で清めねば。天つ国と根の国には話を通してある。チュウは東、チイは西。稻羽は北より追い詰め、祓っておくれ。」
「ハイ。」
シッカリ休んで健やかになった稻羽、ピョンと参上。木俣社を通して打合せ済み。
清められなくても力を奪えれば、中の西国に足止め出来ます。真中の七国に入る前に、消えて無くなれば良いのです。けれど難しいカモしれません。
闇をタップリ取り込んだ闇喰らいの品。鏡と珠が一つになって、剣を取り込もうとしています。三つの品が一つになれば、中つ国は闇に堕ち、大きく入り乱れるでしょう。
そうなれば、多くの命が奪われる事に。
「皆、気を引き締めて事に当たれ。使い隠が支えるが、苦しくなる前に頼るのだぞ。」
「はい。御心遣い、ありがとうございます。」
チュウ、チイ、稻羽が平伏した。
牙滝社より、牙滝神の使わしめチュウ。狐泉社より、黒狐神の使わしめチイ。杵築大社より、大国主神の使わしめ稻羽。
支えるのは使い蛇たち。
使わしめが囲み、祓う。清め為さるのは大蛇神。力を揮えるのは、たった一度。シクジれば終わりだ。