9-22 人の手に渡る前に
「マル。ずっと西から悪いモノが来る、来るの。」
タエが、真っ青な顔で言う。
「悪いモノ?」
布を織る手を止め、マルが尋ねた。
「いっぱい死ぬの。」
そう言って、ガタガタ震え出す。
良山はマルの力で清められ、守られている。禍の方が逃げ出すだろう。それだけ強い力に、山ごと包まれているのだ。怯え震える事は無い。
「オロチ様、御願い申し上げます。闇の鏡と珠を、中の西国に留めてください。アレらは国を滅ぼします。」
タエが平伏す。
「おりょち。」
愛し子マルに見つめられ、ニッコリ。
「分かった。タエ、落ち着きなさい。」
マルに頼まれては断れない。
人の世でのアレコレ全て、人の世に任せる。それは変わらない。けれど捨て置けば、いつまで経っても閉ざしたまま。
隠の世はソレでも良いが、妖怪の墓場はソロソロ開かなければ。
タエが恐れているのは叢闇、闇喰らいの品だ。
鏡と珠が合わされば闇が溢れ、人の世を乱す。言の葉に出来ないホド、酷い末を見たのだろう。まだ震えている。
「クゥン。」 ナカナイデ。
マルコがタエに近づき、慰める。
良山は強いよ。悪いのは入れないし、攻められても守りながら戦える。もし悪いのが南から来ても、嵓や毒嵓が押さえるよ。
緋とか謡とか、影とか雲とかね。良村は忍びと結んでるんだ。他にも隠れ里とか、村とか国とも結んでる。だから強いよ、助け合えるんだもん。
「ありがとう、マルコ。」
タエに撫でられ、尾をフリフリ。
マルの幸せを守るため、中の東国から遠ざけねば。いつまでも遠回りでは、良村の皆が困る。
稻羽の話では、鎮の西国と中の西国の端で闇を取り込み、力を付けたと。
「大蛇神、私に御任せください。」
牙滝神の使わしめ、チュウ。闇を切り裂く力と、闇を探る力を持つ隠の鼠。大蛇が初めて使わしめに迎えた隠で、二代目牙滝神を支えている。
「幾ら闇に強くても、アレは手強いぞ。」
チュウは使わしめ一の闇耐性を誇る、凄い鼠なのだ。
「分かっております。けれど闇を剥がせる隠で、使わしめ。となると限られます。それに、鼠の集まりで聞きました。アレは向こうで、多くの命を奪ったモノ。人の手に渡る前に清め、神倉に納めなければ。」
はい。とても困った事にナリマス。
「チュウ。力を貸してくれるか。」
「はい、喜んで。」
「コッコ、頼みが有る。」
「やぁ大蛇。叢闇鏡と叢闇珠、動き出したね。清めるのかい?」
「・・・・・・壊せるなら、壊そうと思う。」
「そうか。チイ、頼めるかな。」
「はい、喜んで。」
狐泉社に御坐す、黒狐神。九尾の黒狐で齢、千年越え。中つ国、狐の会の長。愛称コッコ。
使わしめチイは犲の妖怪。闇移動と闇操作を得意とし、チュウに次ぐ闇耐性を誇る。