9-15 夢は夢
儺国に光の雨が降り注ぐ。
鎮の西国の北から、中の西国の西まで広く清められ、消えた。闇を抱えた人や妖怪、噴き出した闇、積もり固まった闇まで根こそぎ。
死んだ人の中には、儺王も含まれる。
珂国の長や対国の兵頭は知らせを聞き、儺国に向かっていたが引き返す。遠くから聞こえたから。『父さん、国に戻って』と。
ツゥっと涙が頬を伝い、声にナラナイ声を上げる。
もう戻らない。二人の父は受け入れ、従った。『あの子は死んでしまったが、遠くから見守っている』と。
儺王の娘ココ、珂国の長の娘ミア、対国の兵頭の倅カセ。三人とも子の家に引き取られ、乱雲山で穏やかに暮らしている。だから声の主では無い。
なら、なぜ。
「雲井神。ささ、どうぞ。」
使わしめゴロゴロ。杯にトクトク、酒を注ぐ。
「あの子たちが戻らないと決めたのは、親に長く生きて欲しいと思ったからだ。」
クイッと飲み干され、呟くように仰った。
「はい。」
「その願い、叶えたいと思ってしまった。」
もし三人が生きていると知れば、多くの兵を送り込むだろう。
霧雲山はスッと奪うが、乱雲山はバリバリ食らう。気が付けば根の国に居た、なんてコトにはナラナイ。苦しみ悶えながら死ぬ。それが、霧雲山と乱雲山の違い。
もし三人が戻れば、どうなる。
縁の者が戻らない。そんな人たちに囲まれ、問われるだろう。『ウチの子を知らないか』『ウチの人を知らないか』などナド。
知っていると答えれば『どんなだった、どうなった』と問い詰められる。
その人たちは思うだろう。『この子たちは戻ったのに、なぜウチの子は戻らないんだ』『なぜウチの人は戻らないんだ』と。
「儺の大王は。」
「アレはイケナイ。ココには悪いが、闇が濃すぎた。」
鎮の西国を一つにするには、耶万を引き込むより他ない。てなコトを考え、戦を仕掛けた張本人である。抱える闇の深さが違った。
もし闇喰らいの剣が手元に有ったら、無辜の民まで殺戮し、人で無くなっていた。
天寿を全うするまで殺戮し、憎しみを撒き散らす。深く根を下ろした闇が、赤い涙を流させる。
「良い事をした。」
「大蛇神!」
隠の世を統べる隠神、ドドンと登場。
郡山より知らせを受けた。『引き渡された罪人から、闇が溢れた』と。耶万の社の司、アコが植えた闇の種が芽を出し、根を張ったのだ。
吸い込み、取り込んだ闇を光に変える力。祝の身でも一度しか使えぬ。それを罪人にバンバン植え付け、使い捨てるとはオソロシイ。
照が憑いているのだ、闇堕ちする事は無い。とはいえ気になる。マルの幸せを守るため、シッカリ見極めねば。
「儺の大王には、何を。」
「夢の中に、ココを出しました。」
「ホウ。」
「死んだが、常世の国で幸せに暮らしている。という夢を見せましたが、手遅れだったようで。」
夢は夢、きっと生きている。だから『骸を見るまでは諦めない、探し続ける』と誓ったのだ。
確かに生きている。けれど『戻りたくない、死んだ者として扱って欲しい』と強く、強く願った。
珂の長と対の兵頭には伝わったのに、儺王には伝わらなかった。
乱雲山に居る三人の子は何も知らない、だから知らせない。その方が幸せだから。