9-4 我が子の幸せ
生まれ育った因幡に戻り、少しづつ健やかに。とはいえギリギリまで酷く使った心と体は、ラクラクと癒えるホド強くない。
タップリ注いでも、グングン吸い込む砂丘のようにカラッカラ。それでも諦めず、尽くす。
「こんにちは。稻羽、蒜を持ってきたよ。たぁんと、おあがり。」
蒜とはネギやニンニクなど、臭いが強く、食用になる草の総称です。
「ありがとうございます。」
隠の世、伯耆にある火山群。蒜山の治めの隠で在らせられる鯉神。
顔は人、体は魚。蛇のように胴が長く、水の外では思うように進めない。よって体を浮かして、移り動かれる。
蛇神の次に隠神に御成り遊ばした通称、長老。現代風に表現すると、和山社官房長官。
山川の急流を登った鯉だけが、鯉神に仕える事が出来る。つまり鯉神は竜、使い隠はミニ竜。
「兎神。稻羽が健やかになれば、大社に?」
「いいえ。けれど倅が強く望めば、送り出します。」
本音を言えば行かせなくない。
ボロボロになって倒れるまで、酷く使われたのだ。なのに動かなかった。因幡へ担ぎこんだのは、使い隠だった白兎。
木俣神からは見舞いの品や言の葉が届けられるが、大国主神からは何も届かない。
思えば、八上比売の扱いも酷かった。
妻も子もいるのに新たに妻を、それも正妻として迎えたのだ。泣く泣く、我が子を置いて因幡へ。
木俣神は井の神。水筋を行き来できる、出雲と因幡を結ぶ神。その結び、切る気は無いが・・・・・・。
「蛇神の使わしめは、牙滝社に残った。つまり大蛇社には居らぬ。採り上げ用いられるとは限らぬが、申し入れる事は出来るぞ。」
「鯉神。」
兎神、ウルウル。
やまと隠の世の元首は、太古より蛇神一柱。官房長官も、鯉神一柱。
夫婦神では無いし、そもそもソノ気も無いけれど、例えるなら比翼の鳥。ツーカーの仲である。
人の世と違って、コロコロ変わりません。激務ですが真っ白。労働環境も、福利厚生も充実。
大蛇神の使い狐、嫌呂と悪鬼が使わしめ、最有力候補と目されてマスが違います。
「稻羽が望めば。」
「分かった。」
クンクン。このクセになる臭い、蒜だ。突っ張っていた頃、良く食べたなぁ。アッ、蓬も好きだよ。
「いっぱい食べて、力を付けなさい。」
眠っている稻羽の鼻先に近づけ、食べさせる。美味しそうにモグモグ。
「食べられるようになったのだ。そのうち、目を開けるだろう。」
祈るように呟く。
あの暴れん坊が因幡を離れ、人の世の神に仕えた。しっかり働き、重く用いられている。そう聞いて、誇らしく思っていたのに・・・・・・。
元を正せば国つ神、人の世の神が悪い。あんなに濃く、深い闇が溢れたのに清めず、放って置くとは。コツコツ働き勤めれば、御隠れ遊ばす事も無かった。
優しく撫でながら、父母は願う。我が子の幸せを。健やかな心と体で、穏やかに過ごせるようにと。




