9-3 稻羽、帰ってきて
戦、戦、戦。人は殺し合わねば生きられぬ、そんな生き物なのか? 奪わねば生きられぬのか。・・・・・・ハァ。頭が痛い。
人の姿で生まれながら、人として生きられぬ妖怪。耳も尾も無いが、牙は有る妖怪。隠しながら生き、小さな幸せを手に入れる。
そんな妖怪が幸せを、守りたい全てを守るため己と戦い、敗れ、闇堕ちしたのだろう。
狭間まで誘うか導くか、隠の世から力を揮うか。
同じ国つ神でも、人の世と隠の世の神は違う。人の世は生き難い。なのにノンビリのほほん、見守るダケ。
狭間の地が増えれば増えるホド、守神が現れ出られると御思いか? そんなワケが無い。人の世の神が守神と為られるのだ。が、このままでは。
「クラクラする。」
「猫神、少し御休みください。」
「ミツ。使いの雲雀が来たら直ぐ、起こしておくれ。」
「はい。」
あんなにツヤツヤ、モフモフだったのに。
出雲での神議りの間、人の世を預かるのは昔から。けれど、あの秋は酷かった。御体に丸く、抜け毛の跡が幾つも。斑に赤く腫れ、広がって。
人の世の神がシッカリ為されば、このような事にならなんだ。幾ら隠神が闇に強くとも、根の国の闇は別。なのに、なのに目を背け、隠の世に丸投げ為さるとは。
中の東国に続き、鎮の東国が開いた。南国、四つ国も。閉ざされていた全ての国が開いたが、隠の世は閉ざされたまま。
統べる地は開いても、隠の世へ通そうと為さらない。妖怪の墓場も、固く閉ざされている。
隠の世は根の国、天つ国とも結んでいるがダンマリ。黄泉平坂は開いているが、どんなに頼まれても聞き流されるとか。当たり前だ。
なのに、しつこく言い放つ。『隠の世、和山社へ通してほしい』と。
「どど、どうすれば良いのだ。」
稻羽、帰ってきておくれ。
統べる地は開いたのに、隠の世は閉ざされたまま。霧雲山、山守社へ使いを送ったのに断られた。
良山へ行きたいと伝えたら、『どうぞ』と一言。そのまま御姿を隠されたとか。牙滝社も同じ。
『どうぞ』と言われても、どこに在るのか分からなければ、どうしようも無い。
畏れ山へ行けば犲に囲まれ、神成山へ行けば川に落とされ。思い切って流山に飛び込ませたら、根の国から使いが来た。
使い兎を虐げた罪に問われ、呼び出されたのだぞ。この私が!
「鎮の西国、中の西国。加えて真中の七国からも。ハァ、困った。」
数多の神が御隠れ遊ばし、やまとアチコチ穴だらけ。
杵築大社に押し寄せたアレやコレ。一柱では捌き切れぬわ。木俣神は社に引き籠り、八上比売は兎を抱いてサメザメ。
いつになったら開くのだ、隠の世は。
聞いたのだ、聞いてしまったのだぞ。海を越えて来たバケモノが、この地を目指して彷徨っていると。
あんりえぬ? だったか。生まれ育った地へ戻るのは良い。良いが、なぜ残って居るのだ。どんなに小さくても魂は魂。
いや違う、アレは体の一つ。幾つか組み立てるか、大きくして。あぁ考えたくない。そんなモノが近づいて居るのだぞ、稻羽。
「分からぬ。なぜだ、なぜ来た。」
海を越えて来たバケモノは他にも。とはいっても、魂だが。ソレが闇を吸って、いや待て。もしバケモノの欠片がソレを吸い取り、一つになれば?