9-2 春が来たらヤル気だす
望みは有る。耶万で殺されず、真中の七国に売られた者は多い。王に使いを出し、探し続けている。生きていれば話が聞ける。
譬え取り戻せなくても、話だけは聞けるから。
攫われた人を入れる囲いは木で組まれ、獣と同じように扱われたと聞く。
食べ物が差し入れられるのは、多くて日に一度。雨も風も凌げず、飲めるのは濁った水だけ。
病に罹っても捨て置かれ、死ぬのは子から。娘は穢され倅は嬲られ、心から殺される。
生きる事を諦めた人は死を希う。光を失った目で、遠くを見つめて。
「死んだとは限らん、望みは有る。そうだろう。」
叫ぶように、儺王。
「兵を送っても送っても、戻るのは一人。」
言い難そうに、珂王。
「春の嵐は過ぎました。耶万へ乗り込み、明らかにしましょうぞ。」
血走った目で、対国の兵頭。
耶万にはバケモノが居る。仕掛けたり、攻め入れば命が無い。戻った者は言う。きっと、そうなのだろう。けれど、だからと諦められない。
真中の七国は耶万の毒や、持ち込まれた病でボロボロ。それでも耶万を諦めず、戦いを挑み続ける。鎮の西国は、どうする。
耶万を手に入れ、従えるのは難しい。けれど引けない引かない、諦めない。死んだ者のためにも。
耶万から引けば、死んだ者が戻るのか? 誰一人、骸も骨も戻らない。分かっている。死んだ者は、何のために死んだ。
ふざけるな! 受け入れられるワケ無いだろう。
いつまでも思い通りにサセナイ、耶万を潰す。それが弔いだ。奪う戦じゃ無い、弔いの戦だ。
負けない、必ず勝つ。勝つまで戦い続ける。引くモンか。
「愚かだ。」
死んだ者が望むのは、残された者の幸せ。敵討ちでは無い。
「猫神。人の世、儺国と珂国より、闇が広がりました。」
使い隠も呆れる。
「またか。」
大祓の儀が執り行えるホド、残って御出でか? 天つ国、根の国から御許しを得られても、隠の世は動かぬぞ。
にしてもオカシイ。
兵が死んだのは東国、西国で大きな戦は起こらなかった。海を越えて来たバケモノに食われたか、合いの子に食われたか、妖怪に食われたか。
闇はドコから出た、なぜ溢れた。大祓で消えたハズ。黄泉平坂は無い。狭間から漏れた? 有り得ない。
「蘇葉山へ使いを。珂国の動きが知りたい。」
「はい。」
和山社で行われた、狭間の守神の議り。
矢箆木社からの告げ知らせによると、犬の妖怪の闇だったと。受け継いだのは良那のヨシ、ただ一人。父や他の男には無かった。
矢箆木沼で死んだ妖怪の他にも、同じような闇を抱える妖怪は多い。ヨシのように男にだけ引き継がれていれば判るが、違っていれば難しい。
儺国は郡山から調べた。対国は竪羅山、岐国は岳辻から残らず。
他も急ぎ調べ、何も見つからなんだと聞く。残るは珂国、蘇葉山のみ。
雲雀神は寒さに弱い。『春が来たらヤル気だす』と、情けないコトを。そろそろ調べ終えたハズ。和山社からは何も、となれば。
「申し上げます。人の世、郡山の東。瓢の民が住まう山の麓で、闇が噴き出しました。」
「あの辺りには確か、国が。」
「はい、戦が始まりました。春なので。」
・・・・・・ニャニッ!