8-226 危険因子
「悪い子だ。」
溜息まじりに、良那の国守オト。
「や、じろ、の・・・・・・。」
ガタガタ震えて、ヨシは上手く話せない。
「ご・・・・・・あぁ・・・・・・い。」
鼻水を凍らせ、トシが謝る。
『集水川へ行こう』と言い出したのは兄、ヨシ。『親の言い付けは、破るために有るんだ』と胸を張り。
他の子はイケナイと止めた。けれど、聞き流したのだ。
弟トシを巻き込んだのは、川まで行った証を得るため。嫌がる弟を引っ叩き、橇に乗せたのは他の子に断られたから。
遭難して、やっと気付く。言い付けを破れば死ぬ事になると。
良那から遠く離れた、それも山の中。北も南も東も西も判らない。熊や野良犬に見つかれば、きっと食い殺される。
「だぁ・・・・・・ぇて。」
体の芯まで冷えている。このままでは凍え死ぬだろう。
「わ、るぐ、ない。」
歯をカタカタ鳴らしながら、弟の小さな体を抱きしめている。
狐の毛皮をトシに巻き、抱き上げる。ヨシは動けるようなので、犬が引く橇に乗せた。兄弟の橇は壊れて、使い物にならない。
「行くか。」
「ワン。」 ハイ。
愚かだな。言い付けを破るから、こんなコトになるんだ。ずっと前、社で聞いたぞ。言い付けを破って隠れ家を出て、敵を引き連れて戻った娘の話。
腰麻だよ。愚かな王が、耶万に戦を仕掛けて負けた。
正妃が頭を使って守ったんだ。若い人と子を、隠れ家に隠して。なのに娘は飛び出した。で、逃げ帰って来た。敵を引き連れて。
とっても賢い姫と彦が、みんなを守るために死んだ。なのに売ったんだ。姫と彦が、命を引き換えに守った人たちを。
捨てようよ。生かせば良那に禍、齎すんじゃないの? 狩り犬のカンだよ。
犬だからさ、橇を引けって言われれば引く。獣を追い込めって言われれば追い込む。けどイイの? 生きたまま連れ帰って。
「帰ったら、分かるな。」
「・・・・・・あぃ。」
みんなに叱られる。獄に入れられて食べ物、もらえない。ごめんなさい。言い付け破って、ごめんなさい。死にたくない、生きたいよ。
よく考えればオレ、悪いな。いっつも言い付け破って、好きに暴れて、イロイロ壊して見下して。
止められないんだ。頭の隅っこではイケナイって、ちゃんと分かってる。なのに止められない。
オレきっと、オカシイんだ。頭、壊れてんだよ。どうしよう怖い。聞こえるんだ、ヤレって。暴れろって。社の司が言ってた、腰麻のアキと同じかも。
「アコが居なければ、こんなに早く見つからなかった。」
「アコで、やぁまぁ、の。」
「そうだ。決して忘れるな、シッカリ覚えとけ。祝には出来る事と、出来ない事がある。」
良那で闇の力を持つのは、今のところオレ一妖。スオさまは妖狐だ、とても強い使わしめ。人をドウコウするとは思えない。
オレは国守、死ぬまで尽くす。けど中から壊されたら? 闇の力でも守れない。蛇谷のように。だからコイツは、ヨシは危ない。このままじゃ禍を齎す。