8-209 守られた力
戦に敗れ、滅ぼされた国は多い。
耶万は他の大国と違い、滅ぼしても残す。国ごと取り込み、耶万の一つとして扱うのだ。とはいえ、生き残りは奴婢となる。
つまり、耶万に逆らう事は出来ない。
真っ先に奪われるのは祝、次に禰宜と社の司。祝の力を持つ者は残らず攫われ、殺された。生き残りは居ない。
社を通して聞かされた、社の司は考える。『祝と禰宜を囮にしてでも、継ぐ子を守らなければ』と。
皆で話し合い、決めた。どの子を連れ出し、守るかを。
滅ぼされた国に居る社の司と祝は、死んだ祝と禰宜によって生かされている。そうまでして守った継ぐ子が、祝を務めるのだ。
祝は狙われる。社の司が体を張るが、留まっていては守り切れない。国守も、狩り人も樵も釣り人も、戦える男は死んだ。殺された。
誰も・・・・・・戻らない。
困り果てた時、現れる。人では無い。死んで隠になり、闇堕ちした妖怪が戻って来た。人の世に残り、生まれ育った地を守るために。
会岐にも大石にも、千砂にも居ない。守り切れなかったのだ。けれど加津には祝も、社の司も居る。
幼子を抱えて森に入り、逃げて逃げて逃げて。奥へ進んで山から山へ。沢で渇きを癒し、木の枝で魚を一突き。キノコや木の実を採り、食べさせた。
生きて戻らなければ。
社の皆に託された、この子だけは死んでも守る。見えないものが見えても、清めの力を使えても私には戦えない。だから逃げる、隠れる。加津に戻るまで。
清めの力は弱いが、好ましい人として尊び敬われる社の司。加津神に仕える継ぐ子の中で、最も強い清めの力を持って生まれ、助かった祝。
血の繋がりは無いが、二人は親子。
「あと二人。いや、二妖か。」
モトが呟く。
クベにより隔離された空間で、モトとミカは戦った。四姫アキの分身に、止めを刺したのはモト。後方から、援護したのはミカ。
遠隔操作は困難を極めたが、接近戦を選択しなくて良かった。憑依されれば、災厄どころの騒ぎでは無い。アレの体液は飛び散った瞬間、自我を持つ。
「清めの泉から汲んどいで、良かったな。」
ミカがポツリ。
加津社の隣に湧いている、清めの泉。大きさは瓢箪くらい。清めの祝が居る限り、涸れる事は無いと言われている。
「次は、みんなで汲みましょう。」
しんみりと、クベ。
三妖とも直ぐに気付く。このまま闇を引き抜けば、アレが外へ出ると。だから大きな甕を持ってくるよう、ユキに頼んだ。
初めてのお産は、とにかく掛かる。長引くと解っていたので、ミカがタップリ備えていた。水が無ければ生きられないのは、人も妖怪も同じ。
甕に残らず打ちまけ、クベの闇ごとドボン。浸るほど無かったので、下からソロソロと引き抜く。
「腰麻にも、湧いていれば良いのですが。」
申し訳なさそうに、ユキ。
腰麻にも有ります。『清め』ではなく、『光』の泉が。
祓いと清めは異なります。譬えるなら、そうですね。ヘア・リンスと、ヘア・コンディショナーかな?