8-170 覚えていてほしいのは
神に仕える、妖怪の国守。
望まれて就いたのなら、きっと良い妖怪なのだろう。耶万から頼まれ、加津から谷西まで。有り難い事だ。
「みなさん、聞いてください。」
ミカが語りかける。
私は死んで、隠になりました。そして妖怪になりました。額からは、大きな角が二本。牙も生え、顔に赤い筋が入りました。
どう見てもバケモノですよ。
国守なんてヤッテますが、言えないような事をしました。神に御仕え出来るような、そんな妖怪ではアリマセン。それでも引き受けました。
誓ったのです、加津を守ると。
あの光を浴びて角も、牙も筋も消えました。妖怪ですが、姿は人と変わりません。知らない人が見たら、人だと思うでしょう。
私には子が居ます。幼子を一妖、引き取りました。
幸せそうに笑う娘を見て、思うのです。『もし、あの姿を見られたら』と。
娘は私の、この顔しか知りません。あんな姿、見せたくない。皆さんは? 見せられますか。
「私が行きます、教えてください。皆さんが守りたい人は今、どこに居るのですか。」
・・・・・・。
「采には今、悪しき妖怪が集まっています。外へ出れば食われますよ。隠は戦えません。けれど、妖怪なら戦えます。」
隠と妖怪の違いなんて、良く分からない。けれど父でもあるミカさんは、望まれて国守になったミカさんになら、この思い。託せる!
そうだよ、子に恐ろしい姿なんて見せたくない。あの子の中では、私は人なんだ。角も牙も生えてない、人の姿なんだ。
覚えていてほしいのは、人の姿なんだ。
「皆、安井に居ます。囚われて、辛い思いを。」
やっぱり安井か。
北にある采、東にある安と組むも裏切られ、耶万に滅ぼされた国。生き残りは奴婢となり、耶万の毒を試され、苦しみながら死んだ。
国守の集まりで聞いた話だ、真だろう。
滅んで誰も居なくなった安井に、ゴロツキが住み着いた。神は御隠れ遊ばし、社も無い。悪さしか出来ないんだろうな、アイツら。
「私にも子が居ます。妻と倅は死にましたが、娘は生きています。名はナミ、六つ。どこに居るのか分かりませんが、きっと生きています。」
・・・・・・六つの女の子、ナミ?
「お父さん、逃がすために村に残りましたか。お兄さん、逃がすために戦いましたか。お母さん、娘さんと西へ逃げましたか。」
「はい。」
「そうです。」
「間違い、ありません。」
親子が見合い、頷いた。
「生きてます。ナミさん、早稲に居ますよ。」
「早稲。」
暗い顔で、父がポツリ。
「早稲は変わりました。変わったんです。」
風見から頼まれて、沼田の辺りを探していた時、早稲の新しい長と臣が、倒れていた娘さんを見つけました。
もう冬です。弱っている幼子を、早稲から谷西へ送るのは難しい。だから春まで預かると。
「春になったら、谷西へ戻ってきます。」
「良かった。助かったのね、ナミ。」
「生きてた、生きてたよぉ。父さん。」
「あぁ、生きてた。」
発見された生存者は、ナミ一人。他は・・・・・・。