8-168 人で無くても、妖怪でも
「良く、お聞き。」
「はい。」
「明日の朝早く、谷西へ食べ物を届けに行く。イイは残って、加津を守っておくれ。」
「・・・・・・谷西って、遠いの?」
「そうだね。海に出て、椎の川に入る。それから、いっぱい上るんだ。」
「いっぱい?」
「そう、いっぱい。」
『連れてって』なんて、言えないよね。お出掛けじゃないモン。食べ物を届けるって事は、困ってるんだ。
港に届けられる食べ物は耶万に届ける。加津から千砂、千砂から会岐、会岐から大石、大石から耶万へ。
加津と千砂は近いけど、届けられた食べ物を調べて割符を作るから、そうなったって。届けるのは国守。
とっても良い妖怪よ。ミカさんもモトさんも、とっても優しいもの。会岐のフタさんと大石のクベさんには、会った事ないケド。
クベさんはね、ミカさんと同じ新しい妖怪。人だった時から、知り合いなんだって。
神の御業で清められた妖怪はね、角と牙が消えて、清らに生まれ変わったの。
闇の力を持ってるけど、闇に飲まれる事は無いって。ロロさまが。
難しい事は分からないケド、新しい妖怪は良い妖怪。良い妖怪だから、みんなに望まれて国守になったんだ。
私ね、大きくなったら国守になる。ミカさんみたいに、みんなを守るの。
さみしいケド、従います。イイは良い子です。だから・・・・・・。
「イイはミカさんの子です。だからミカさんが戻るまで、加津を守ります。」
キリッ。
「好い子だ、イイ。」
ミカに撫でられ、ニッコリ。
「早く帰ってきてネ。」
ガバッと抱きつき、スリスリ。
「あぁ。加津を頼むよ。」
「はい。」
朝早く、加津の港を発った。
良い子はスヤスヤ、夢の中。出掛けに一度、イイが目を覚ました。優しく頬を撫でられ、ニッコリ。『いってらっしゃい』と言って、スヤァ。
ミカが戻るまでの間、社の司が預かります。
「ミカ、気をつけてな。」
「ありがとうございます。では、行ってきます。」
長と社の司が並んで、舟が見えなくなるまで見送った。社の司は戻ったが、長は港に残ってボンヤリしている。
「おはよう。」
「おや、婆さま。早いね。」
「年寄りってのは、早起きなのさ。」
イイを取り上げた婆さまは、加津の長老。
ミミもミカも、婆さまに取り上げられた。だから、だろうか。ミミの首飾りを持って戻ったミカに駆け寄り、泣きながらギュッと抱きしめた。
耶万との戦に敗れ、多くの人が連れ出された。戻った子は一人も居ない。だから嬉しかった。人で無くても妖怪でも、ミカはミカだ。加津の子だ。
「粥を作りに行こうかね。」
イイは幼子、きっと寂しがる。ミカが戻るまで、この婆が。
美味しいのを作るよ、待ってておくれ。