8-164 吹雪く前に
「ミカさん、ミカさん。お空からね、お花が降ってきた。」
トコトコ近づき、イイが掌を見せる。
「あれぇ、消えちゃった。」
両手を見て、シュン。
「ん? あぁ、雪か。」
冷えると思ったら、もう降ってきた。
『これから発ちます』って、社を通して聞いたけど、来られるのかな。早稲や浅木の舟を『襲おう』なんて命知らず、居ないか。
「ゆき?」
イイが首を傾げ、キョトン。
「ほら、ご覧。厚い雲が降りて、広がってるだろう?」
「うん、フワフワ。」
目をクリクリさせるイイを抱え、ゆっくり立ち上がる。微笑みながら柔らかい頬に触れた。そして、ふと思う。『あの戦が無ければ』と。
この空を親子で。
ミミとオレの子が、楽しそうに駆けまわる。積もったら雪遊びするんだ。みんなで笑って、幸せに・・・・・・暮らせたのに。
「あの雲から降るのが雪だ。とっても冷たいから、雨が凍って雪になる。」
「雪は、雨だったの?」
「そうだよ。雪や氷が融けると、水になるんだ。」
オレに教えられる事は少ない。それでも出来る限り、伝えよう。
慈しむのは親じゃ無くても良い。誰かに抱きしめられ、嬉しかった。幸せだ。そんな思いの積み重ねが、豊かな心を育むから。
生きていれば辛い事、苦しい事、悲しい事だってある。そんな時、支えになるのは思い出だ。
ずっと側に居てやりたい。が、難しい。いつか先に死ぬから。だから多く残して強く、しなやかに生きられるように。
「ふふっ、いっぱぁい。」
「ミカ、急ぎ社へ。」
加津神の使わしめ、ロロが飛んできた。
「はい。」
イイを下ろし、ニコリ。
「お家に居ます。」
ロロに頭を下げてから、トコトコ家の前へ。向きを変え、ニッコリ笑ってミカに手を振った。
なんてコッタイ、聞かせなくて良かった。
采の生き残りが谷西を襲った。まぁ采だし、驚きゃシナイよ。けど、殺す事は無いだろう。
耶万に滅ぼされた国はドコも酷い。だから冬を越すため、アチコチから食べ物が送られた。
はじめは光江に運び込まれたが、チョロマカしやがった。光江にすれば、横取りは当たり前。
大蛇神の使い狐が調べ上げた。やらかしたのは光江の他に悦、采、大野、安。
怒った耶万王が光江に悦、采、大野にも安にも食べ物を送らないと決めた。そりゃソウだ。けど、だからって襲うか?
谷西の長は耶万に何を、どれくらい送るのか。実山の長と話し合うために、村を離れていた。
「早稲と浅木から届けられる食べ物の中から、大袋三つ。谷西へ運んでほしい。残りは、千砂の国長が耶万まで。」
「ロロさま。イイの事、よろしくお願いします。」
早稲の大臣と浅木の釣頭が、加津の港に向かっている。吹雪く前に着けば良いが、どうだろう。