8-149 悪いのが来た
「皆、居るか!」
加津の長が叫ぶ。
アチコチで確認作業が行われ、幼子が怯える。仕方がない。人食いが来るのだ。
「みなさん、落ち着いてください。加津神が、この地を御閉じ遊ばしました。行き来できるのは、人と獣だけです。」
ニコッ。
「誰、あの子。」
「さぁ。」
「首飾り、してるけど。」
「どこの子?」
ザワザワ、ザワザワ。
「この子はイイ。ハツが、命と引き換えに産んだ子だ。信じよう。」
ハツを看取った産婆が言った。
「ミカが、国守が育てている。加津社が後見だ。」
社の司、ツサが言い切る。
「人を襲ったり食らわない、賢くて良い子です。」
祝、サハも続く。
「そういうコトなら。」
「そうね。」
相変わらず物物しいが、静かになった。
「遅くなりました。」
海に出ていた人は、釣り人に守られながら。森に入っていた人や、他所に出掛けていた人は、狩り人に守られながら続続と。
釣り人の数は浦頭、狩り人の数は狩頭がシッカリ確かめ、長に伝える。皆、揃った。
「あの、長。ウチの子が・・・・・・。」
嬰児を抱いた母が、一人。
「ウチの子も。」
幼子の手を引き、一人。
「あっ、見て。」
明るい声で、イイ。
ミカに連れられ、戻った子が二人。両の手を伸ばして駆けて来る。母の腕に飛び込み、大泣き。
「木の実を採ってるウチに、奥に奥に入ったらしい。歩き疲れて泣いてたよ。オレが叱っといたから、ホドホドにな。」
暫く泣かせてから、ミカが切り出した。
「ありがとうございました。」
二人の母が、深深と頭を下げる。
「ありがとう、ミカさん。」
母の隣で、子がペコリ。
「ほら、アンタも。」
「ありがとうございました。」
頭をペシッと叩かれ、ペコリ。
一気に場が和んだ。
「ミカさん、悪いの来たよ。」
衣をクイクイしながら、イイ。
「そうか、ありがとう。長、揃ったかい?」
「あぁ皆、揃った。」
こわばっていた顔が、穏やかに。
「皆、聞いてくれ。人食いが来る。オレが良いと言うまで、加津から出ないでくれ。頼む。」
そう言って、ミカが頭を下げる。
「どうか、頼む。」
隣で長と浦頭、狩頭も頭を下げた。