8-148 人の味を覚えた妖怪
「アコ、困った事になった。」
「人と妖怪の合いの子が、人を食らったのですね。」
「その通り。」
良那は、津久間が統べる地に在る。大貝山の統べる地も閉ざされているので、行き来できるのは人と獣だけ。使わしめと、神より許し札を賜った使いは別。
良那は耶万の継ぐ子、アコを預かっている。だから耶万や、大貝山の統べる地でのアレコレが知らされるのだ。海社を通して。
「ただいま、イイ。」
「ミカさん! おかえりなさい。」
嬉しそうに駆け寄り、抱きついた。
大石で生まれたムゥは、子とは思えないホド良く食べる。
満たされるまで食べて、グッスリ眠った。はじめはクルンと丸まって、ムニャムニャ。へそ天になり、キュルルルルゥ。
これはイケナイと、大急ぎで兎を投げ込む。すると眠ったまま、ハイハイしてガシッ。ガブッ、ゴキュゴキュ。クルクルごっくん。で、コロン。スヤスヤ、ゴォォ。
他の子はタップリ食べて眠れば、丸一日グッスリ。腹の虫が鳴くなんて、一度も。ムゥの腹の虫は、眠りが浅いらしい。合わせて兎を七匹、投げ込んだ。
腹ペコで起きるのは、丸一日寝てから。寝たまま食べられるなら、チョコチョコ投げ込めば良い。とはいえ、一妖では辛い。
三度グッスリ眠らせなければ、どうなるか分からない。四妖で話し合い、大石に泊まり込む事に。
はじめに大熊と熊、次に大猪と猪。その次に、大鹿と鹿。眠りながら食べたのは、投げ込む前に弱らせられる兎や猿、烏などの小さな獣。その数、二十一匹。
ムゥの腹は、底なしか?
ムクッと立ち上がり、スタスタ。『ここから出して』と言われ、ホッとした。『お腹すいた』なんて言われたら、倒れたかも。
「ミカさん、悪いのが来るよ。」
「悪いの?」
「心にね、黒いモヤモヤが有るの。だから悪いの。」
「見えるのかい?」
「判るの、感じるの。」
「そうか、凄いな。」
イイの頭を撫でながら、ニッコリ。
誰にも看取られず、産んだ子に食われた母。逃げられず、巻き込まれた産婆。飢えたまま外に出て、満たされるまで襲い食らう子。
人と妖怪の合いの子だ、誰も近づかない。見つかる前に逃げる。
臍の緒を付けたまま、飢えた獣のような目でフラリフラリ。石を投げられ、矢を射られ、追い立てられる。
温もりを知らない、叱ってもらえない。体を洗われた事も、柔らかい布に包まれた事も無い。褒められたり励まされたり、抱きしめられた事も無い。
常に飢え、眠れず、彷徨い続ける。
「あのね、みんなに知らせなきゃイケナイの。」
「イイ。その悪いのは、人かい?」
「人と妖怪の子。でも違う。イイたちは人を襲わないし、食べないモン。」
「そうだね、違うね。」
ミカはイイを連れ、長に会いに行った。全て伝え、頼み込む。狩りや釣りなどで出ている人を、残らず戻すために。
人の味を覚えた妖怪は、人しか受け付けない。国守の元にいる妖怪の子とは、何もかも違うのだ。悪い事が起こらないよう、気を付けなければ。




