8-144 オレに出来る事は、何だ
ハツを手厚く葬ってから、婆さまがイイを呼んだ。首飾りを手渡すために。
「首に掛けても、良いかい。」
「良いよ。さぁ、イイ。」
優しく笑いながら、頭を撫でてくれた母の姿が、イイの頭から離れない。ポロポロ流れる涙は止まらず、声を上げて泣きたい。なのに声が出ない。
「この首飾りはね、ハツが。母さまがイイのために、作ってくれたんだよ。」
そう言って、婆さまが掛けてくれた。
「ありが、とう。」
この子は良い子だ。妖怪の子だが、人を食らわず加津を助ける、賢くて優しい子に育つよ。ハツ、イノ。遠くから見守っておくれ。
「ミカ、大石から知らせが。」
加津神の使わしめ、ロロが社から飛んできた。
「分かりました。ロロさま、イイをお願いします。」
「ミカさん。」
「あのな、イイ。大石で子が生まれる。手助けに行かなきゃイケナイ。戻るまで、加津社で待っていておくれ。」
・・・・・・。
「必ず戻る。」
「きっと?」
「あぁ、きっと戻る。」
加津社を通って、大石社。社から走って、大石の外れに建てられた産屋へ。
「入るぞ。」
一声かけて、ミカが飛び込む。
「なっ!」
腹がパンパンに膨らみ、今にも弾けそう。
暴れる娘の腰を、黙って摩るクベ。息をし易いように肩を抱き、支えるモト。噴き出す汗を拭いながら、声を掛け続けるフタ。
大石、千砂、会岐の国守が三妖、つきっきり。
「いつから。」
「加津で『生まれた』って、聞いて直ぐ。どんどん膨らみ始めた。」
ミカに問われ、産婆が答える。
見る限り透けて無いし、暴れて無い。大石の人は大きいから、赤子も大きいのだろう。ヒイの時も凄かった。とはいえ、このままでは身が持たない。
娘は呻いているが、目に光が宿っている。生きる事を諦めてない。産みさえすれば、きっと助かる。オレに出来る事は、何だ。
「クベ、肉は。」
「オレん家と産屋の間に掘った穴に、弱った大熊を入れて有る。」
「娘さん、もう少しだ。」
「は、い。」
「ムゥ、聞こえてるな。オレは加津の国守、ミカだ。お産の手伝いに来た。お腹、空いたろう。早く出てコイ。熊肉が有る、美味いぞ。」
熊肉? 美味しい? 出たら食べられる? くれる? お腹ペコペコなんだ。
「け、た。」
ムゥが胎の中で大喜び。ポコポコではなくボコッと蹴られ、娘が苦笑い。