8-137 満腹、満腹
「こ、ろし、て。」
胎の子は、妖怪の子に違い無い。イノの子じゃ無い。産みたくない。
「気を確かに持て。」
これまでとは何かが違う。小さいし、暴れたり跳ねたりシナイ。
「おね、がぁぁっ。」
十二の娘、ハツ。
好いた男を戦に取られ、帰りを待っていた。闇が溢れた、あの日。森で木の実を採って、戻ったまでは覚えている。
黒いメラメラを纏った何かに、いきなり押さえつけられ、気を失った。
ジリジリ焼かれるような暑さ、軋むような音、刺すような痛み。それらがゴチャ混ぜになって、目を開けた。
空が、黒かった。
誰かに抱きかかえられて、どこかに連れてかれて下ろされた。水を飲まされて、吸い込まれるように。
「み、か、さん。お、ねが、い、だか、ら。」
あの人は死んだ。
死んだら隠になって、生まれ育った地とか、愛しい人が待つ地へ戻る。そうよね。なのに、どうして。
死んで隠になって直ぐに、妖怪に食われた。食われて食われて食われて、妖怪になった。妖怪になって暴れて、大いなる力で清められた?
『必ず戻る』って言ったじゃない。『生きて戻る』って言ったじゃない。
・・・・・・嘘つき。
「死んだら根の国でな、裁きを受けるらしい。混んでんだよ。そのうちフラッと、加津に戻るさ。」
せっかく生き残ったんだ。胎の子を産んだら、直ぐ引き離す。死なせないから頼む、諦めないでくれ。
オレもな。死んで隠になって、妖怪になったクチだ。ずっと北で死んだけど、ちゃんと戻っただろう? 加津にさ、戻ってきたゼ。
「頭でたぁ!息張れぇ。」
産婆が叫ぶ。
「アァァァァァ。」
息を詰めて腹に力を入れ、ハツが叫んだ。
「・・・・・・オ゛、ギャァァァァァ!」
スポンと音がしそうなホド、すんなり出てきた嬰児の頭をガッと掴み、ミカが産屋から飛び出す。
「離れてくれぇぇ。」
人の子と同じように生まれた妖怪の子は、お産で疲れ果てた母の乳にしゃぶり付き、ゴキュゴキュ喉を鳴らして、カラッカラになるまで飲み干す。
腹が膨れたら立ち上がり、近くの生き物を丸呑み。人でも犬でも、何でも。
生まれたて。なのに何だ、睨むなよ。オレは国守、加津を守るために居る。殺す気は無い。
村では育てられないんだ、分かってくれ。腹ペコなんだよな、少し待て。たらふく食わせてやるから、熊肉をさ。
嬰児を掴んで、腕を前に伸ばしたまま走るのは疲れる。けど離さなけりゃ、食われちまう。
「ミカ、こっち。」
千砂の国守が右の手を振り、左で指差す。
「モト。」
大穴の中に落とされた、瀕死の大熊を目掛けて投げ込んだ。大口を開けながら、嬰児が飛ぶ。熊の首筋に食らい付き、ゴキュゴキュ。
大きな熊が、シュルシュルと縮んでゆく。アッと言う間にペランペラン。クルクル巻いて一呑み。
トタトタ端へ歩き、腰を下ろす。幸せそうに、腹をポンポン。