8-134 お祈りポーズのまま
「まだか! まだ届かんのか。」
光江の水門頭、マツが叫ぶ。
オカシイ、何かオカシイ。浅木から耶万へ、社を通した言伝だ? 何だソリャ。
まぁソレは置いといて、食べ物を送れないって何だ。
早稲の外れで攫われ子が見つかった。親に返すまで送れないって、何で。統べる地が違う子が居た? それが何だってんだ。
「何を騒いで居る。」
ゲッ。
「これは嫌呂さま。隠神サマの御社から、戻られたのですね。」
マツが胡散臭い笑みを浮かべ、手を揉む。
「力を持たない私には見えませんが、光江神も御心を痛めて御出ででしょう。」
舞台役者もビックリの、大きな芝居。下手だけど。
「何の事だ。」
光江には一柱も、いらっしゃらない。人に望まれる度に現われ出でられるのだが、直ぐに御隠れ遊ばす。酷く醜いのだ、心根が。
傷つけたい消したい、奪いたい滅ぼしたい。そんな事しか願わない人に、手を差し伸べようとは思えない。
力を強く求める耶万が、可愛らしく思えてしまう。
「浅木からも早稲からも、食べ物が届かないのです。」
胸の辺りで手を組み、マツ。
「『先に攫われ子を送り届ける』と、伝えた筈だが。」
嫌呂の冷たい眼差しに、怯む事なくニンマリ。
「それはハイ。しかしイエ、そのような事は。」
マツの猿芝居は続く。
トットと持ってこい!
早稲の米は商いにイイんだ。ごっそり抜いて石ころ入れりゃぁ、誰にも分らねぇ。バレても『はじめからだ』と言い張りゃイイ。何てったって、早稲だからな。
それにしても風見、何を考えてヤガル。
早稲が浅木と動いたら、それから送るだ? 送る気ナイのか口だけか。社を通した話だから、偽らない真だと。
んなモン、信じられるかよ。
「で、何だ。」
狂った目で見つめられても、気持ち悪いダケ。
「ですから、嫌呂さま。」
欲に塗れたオッサンに迫られても、少しも嬉しくナイ。
「光江神の使わしめに、会わせてください。」
お祈りポーズのまま、グイグイ。
何を言い出すかと思えば、コイツ知らんのか。光江に神など、いらっしゃらない。使わしめも同じ。なのに、会わせろだ?
・・・・・・狐火で、焼いてイイかな。
「力を持たぬ人になど、見えぬわ。」
嘘じゃナイよ。
「そこを何とか。」
あ、コレ使える。だからイナイなんて、言ぃわナイ。
ねぇ、知ってる?
光江に運び込まれた食べ物が、包み隠さず横流しされてるって、知れ渡ってるヨ。大稲も大倉も実山も、プリプリ怒ってタイヘンだぁ。
もう『頼まれても送らない』ってサ。
ねぇ、まだ気付かない?
姿を見せてナイけど、後ろに悪鬼。目の前に嫌呂。狐に挟まれて、動けナイでしょ。その気になれば、フフッ。息も止められるヨ。
悪い顔した妖狐が二妖、尾を振りながらニッタァ。
「あ、れ。い、きが・・・・・・。」
力を入れすぎたか。頭が、クラクラする。