8-124 譬え親でも
「父さん、チイは。チイは?」
「いや、まだ。」
「ワァァン。ごめんなさい、チイ。私の所為でぇぇ。」
夜光の里長の娘、チカが泣きながら蹲り、謝り続ける。
私が悪いの、いけなかったの。あの時ガサガサって音がして。それで思ったの、兎だって。
小さなモフモフを近くで見たくて、近づいた。チイは言ったわ。『大人から離れちゃイケナイ』って。なのに私、聞かなかった。言い付けを破ったの。
知らない男が出てきて、腕を掴まれた。チイがね、ドンって体当たりして助けてくれたの。二人で走ったわ。それで、それで・・・・・・。
「悪いのはチカを襲い、チイを攫った男どもだ。」
「でも、でも私が。私が。」
「言い付けを守らなかったチカも悪い。でもね。チイを攫った男どもは、もっと悪い。」
泣きじゃくる娘を抱きしめ、優しく諭す。
夜光は隠れ里。ドコとも結ばず付き合わず、隠れ続けた。隠れ里だ、それで良い。そう信じて疑わなかった。
愚かだ。もし他との繋がりが有れば、こんな事には。狩り人から聞かされるまで知らなかった。この辺りに、見知らぬ男が彷徨いていると。
夜光から消えたのはチイ一人。川下にある志太から、狩り人の倅が一人。川上にある司葉からは、姉妹が消えた。他の里からは、もっと。
「このままでは里を守れない。夜光は志太と司葉、二つの隠れ里と結ぶ。」
「でも、爺さまが。」
「里長は私だ。だからね、チカ。爺さまが話し合いを妨げないように、見張っておくれ。」
・・・・・・。
「夜光だけでは、チイを探せない。」
「そう、なの?」
「これからも里の誰かが、悪いヤツに攫われるだろう。そうなった時、力を合わせる。そのための結びだ。」
「うん、解った。爺さま止める。任せて。」
志太と司葉の里長が、夜光に集まった。
三つの隠れ里は、子が攫われた事で気付いた。他の里とは付き合わぬ、結ばぬでは決して守れない。どうせ結ぶなら、同じ隠れ里が良いと。
夜光で話し合う事にしたのは、真ん中あたりに在るから。
里と里は付き合って無くても、狩り人は違う。会えば話すし助け合う。どの辺りに里が在るのか、何となく知っていた。
「では志太、司葉、夜光。三つの里で結び、助け合う。という事で宜しいな。」
志太と司葉の長を見つめ、夜光の長が問うた。三人の長は力強く頷き、右手をスッと出す。三人の手の甲が重なり、少し下げてから上へ。
「志太は司葉、夜光の里と結び、助け合うと誓う。」
志太の里長、ワタ。
「司葉は志太、夜光の里と結び、助け合うと誓う。」
司葉の里長、イオ。
「夜光は志太、司葉の里と結び、助け合うと誓う。」
矢光の里長、ヤコ。
ワタは、イオとヤコ。イオは、ヤコとワタ。ヤコは、ワタとイオの手を取り、輪になる。長が変わっても、里が在る限り破られない。そういう誓いが今、立てられた。
長と長が決めた事。誰が何を言っても、覆る事は無い。譬え親でも、前の長でも。