8-86 アタシ鈍いけど
早稲社の隣に、家が建っている。住んでいるのは社の司、シギ。話し合いに立ち会う事があるので、大人が十人ほど入れる。
この度の話し合いにも、シギが立ち会う。
早稲からは四人。長のヒト、大臣ヌエ、狩頭カツ、カツの妻セイ。
中主からは二人。里長のツクと、狩頭のスエ。
「そうでしたか。」
話を一通り聞いたツクが、やっとの思いで言った。
押し込められていた子の話は、助け出したヒト。シンの話は、セイとカツから聞いた。
はじめに小屋を見つけたのは、言の葉が出ない十二の娘。ヒトに知らせたのは、その兄だった。
妹は男を怖がり、兄から離れない。だからココには来られない。
それだけ聞けば分かる。妹の身に、何が起きたのか。何を思い出したのか。
セイが子から聞いた話によると、もう一人捕らえられていた。腰麻の娘で、年は十三。名は分からない。
隠れ家が見つかり、弟を連れて逃げた。追手に見つかり、弟を目の前で殺され、今井から浅木に送られ、逃げ出した。また捕まり、あの小屋へ。
人攫いは男。縮れ毛で浅黒いのが三人、足に布を巻いたのが一人。二つの顔を持つのが一人で、合わせて五人。
二つの顔を持つのは、他の男と話すときはニコニコしてるのに、スッと酷くコワイ感じになる。
言えないようなコトをしたのは、そのコワイ感じのヤツ。たまに懐から何かを出し、ニヤニヤしていた。
「シンを攫ったのはニヤニヤ男だろう。懐を探ったら、ソレが出て来た。」
割符を指差し、カツが言う。
「骸を見せて確かめようと思ったケド、止めた。ガクガク震え出したんだ。アタシ鈍いけど、直ぐに解ったよ。酷い扱い、受けたんだって。」
セイの話を聞いて、ツクも考えを改める。
いきなり攫われ、あんな所に放り込まれたんだ。それに、あの血。もし目の前で。ヒトの思った通りなら、そうなる。
「子らは遠くからしか、懐から出した『何か』を見てない。だから分からないでしょうね、割符を見せても。それでも確かめると?」
ヒトに問われ、ツクとスエは動けなくなった。
「カナに嗅がせて確かめた。同じ男だろう。」
カツの目も、冷たい。
早稲は変わった。とはいえ、早稲は早稲。ヒトもヌエもカツも、人が酷い扱いを受ければ、どう変わるか知っている。覚えてないホド繰り返し、言えないコトを。
そんな三人が、同じ目で見つめる。『骸や札を見せて、確かめるのか。助かってホッとした子を、追い詰める気か』と。
「オレ、『早稲の他所の』人でな。アチコチ行かされた。だから持ってる物や見た目で、何となく判る。」
縮れ毛で浅黒いのは光江、足に布を巻くのは采だ。どちらも耶万に滅ぼされた国で、離れている。
死んだ男は、判る物を持って無かった。見覚えも無い。
ヒョロっとしてたから大石じゃない。鳥の羽を挿してなかったから、伊東じゃない。今井と安井のは皆、『耶万の夢』で死んだ。
顔が歪んでたから、腰麻じゃない。攫った人を物として扱うのは、安と悦。安は、攫ったのを殺さない。顔を使い分けて、弱いのを嬲るのは大野だ。
「だから何となく、思うんだ。娘を穢し、シンを攫ったのは安だって。」