8-80 早稲ってのは
「キャンキャン、キャキャン。」 シンヲハナセ、サッサトカエセ。
仔犬を足蹴にしようとした、その時。前から横から後ろから、ビュンビュン矢が飛んで来た。
ブサブサと腰や腿に突き刺さり、足の力が抜ける。子を落としそうになり、踏ん張ると矢が止まった。
「ングゥ!」 放せぇぇ!
ドサッ。
「ンゴッ。」 痛っ。
子が男から離れた、その時。前から横から後ろから、ビュンビュン矢が飛んで来た。
胸を狙って放たれた矢が肩、首、胸、腹に中り、ドクドクと血が流れる。
「ワン。ワオォォン。」 ミツケタ。ココニイマァス。
カツの飼い犬、カナ。遠吠えで知らせる。
山に入っていた子は皆、採った食べ物を持って、戦えない人と共に戻った。セイと残ったのは、戦える女たち。
「アンタ、この子の親じゃナイね。」
袋から、子の足が出ていた。
「お、れの、子だ。」
「フンッ。」
持っていた石器で、袋を縛っていた紐を切る。中に入れられていた子を出し、噛まされていた布を解いた。
「キャン!」 シン!
胸に飛び込んできたチロを、ギュッと抱きしめる。
「ボウ。この男、誰だい。」
「知らない。」
「オウ、シン。」
「カツさん!」
立ち上がろうとしたが、思うように動けなかった。片足、皮袋に突っ込んでるからネ。落っことされて、腰も強く打ち付けたし。
「死ぬ前に答えろ。他の子は、攫った子はドコだ。」
「さらって、ない。オレの、子だ。」
「ハッ! この子はな、オレの知り合いの子だ。」
血が止まらない。傷を押さえようとしても、腕が動かない。力が入らない。止めなきゃ死ぬ。死ねないのに、死んじまう。
あれ、もう日暮れか。暗くなってきた。何だよ、もっとハッキリ言え。聞こえねぇよ。
・・・・・・さ、むい。オレ、死ぬのか。生き残れたのに。
イヤだ、死にたくねぇ。生きたいんだ、生きて生きて、年取って死ぬまで、生きたいんだよ!
「カツさん。この人、死んだの?」
男を転がし、仰向けにして調べた。懐に割符を隠し持っていたが、ドコの誰だか分からない。
「そのうち死ぬ。どうしたって、助からねぇよ。」
シンを皮袋から出し、ヒョイと片手で抱き上げた。
「帰るか。」
セイに声をかけてから、ズンズン歩く。
森の恵は、頂けるだけ頂いた。
人攫いの骸は、獣が平らげるだろう。村から離れているし、冬も近い。襲おうとは思わないハズ。近づけば狩る、それだけ。
狩り人は少ないが、弓の上手い女は多い。犬も少し増えたし、蓄えも有る。薬も毒もタップリ。だから直ぐにでも戦える。早稲ってのは、そういう村だ。
にしても多すぎる。攫って集めて、放り込む気か?