8-78 チロ、ごめん
「オイ安、残りはドコだ。三人で来ただろう、言え。」
人攫いの首をガッと掴み、カツが問う。
「なっ、違う。」
分かりやすく、目が泳いでいる。
「オイオイ。この顔、忘れたか?」
「・・・・・・わ、さの。バケモノ!」
「褒めんなよ、照れんだろ。」
いや、褒めてないよ。きっと。
「ホレ、見ろ。早稲の薬だ。」
チラチラ見せびらかせ、ニタァ。
「わ、分かった。言うからクレ。」
「あぁん?」
「言います。だから、助けてください。」
洗い浚い吐かせてから、瓢箪を里長に渡した。中身? もちろん水です。沢で汲みました。
「ピュピュゥ。」
『まだ一人、残っている』という、合図。
「ングゥゥ。」 誰か、助けて!
「キャン、キャキャン。キャイン。」 ハナセ、シンヲカエセ。タスケテェェ。
長である父の言い付けを守り、飼い犬チロを抱えて急いだ。もう少しで里に着く。そう思った時、イキナリ襲われた。
男の腕に噛みつき、逃げたが捕まり、口に布を噛まされる。腕と足を縛られ、身動きが取れなくなった。
チロは飼い主を守ろうと、激しく吠えるも腹を蹴り上げられ、高く飛ばされる。それでもスクッと立ち上がり、男の後を追いかけた。
「キャン、キャン。」 ダレカキテ、タスケテ。
吠えながら追うが、どんどん離される。
逃げ足が早かったので生き残った。男は水手で、腕の力が強い。幼子を抱えて走るくらい、何でもなかった。
アッと言う間に山を駆け下り、川へ。
シンを肩に担いだまま隠していた舟を川に浮かべ、ボンと荒荒しく投げ入れた。舟を押して乗り込むと、慣れた手つきで櫂を操り、流れに乗せる。
シンは賢い、狩り人の子。
縛られたが、縄が緩いと直ぐに気付いた。櫂は一つ、前を向いて漕いでいる。だから舟に転がした子が、縄を解いたのに気付かない。
ボチャン。
舟に横たわったまま、肩から川に飛び込んだ。スゥっと潜って、流れに逆らって泳ぐ。布を噛まされたまま入ったので、息が続かない。
足が着くまで泳いで、ザブザブ歩いて逃げた。ココがドコだか分からない。けど、近いハズ。川を渡ったから、コッチは早稲だ。
「待てぇぇ。」
ゲッ。
「キャン、キャキャン。」 ニゲテ、アイニユクカラ。
ごめんチロ。逃げるけど、また会える。きっと会えるよ。
安の水手は急いで寄せた。舟を飛び降り、舳を掴んで引き寄せ、上げる。それから子を追い、森の中へ。
シンは狩り人の子、足だって早い。川を渡ったのは初めて。知った人に会えるとは限らない。それでも走る。
今は食べ物を探して、森に入る人が多い。だから狩り人か誰か、早稲の人に会える。そう信じて。