8-77 ソイツ、安だ
「シン。チロを抱いて、里へ戻れ。」
「父さん?」
「早く。」
「おいで、チロ。」
里から少し南。この頃アチコチで、狩り人の子が攫われている。そう聞いた。だから子の犬飼いは、必ず大人と歩く。オレ嬉しかったんだ、父さんと歩けて。
「ウゥゥ。」 チカイ。
この早さ、大人だ。何か担いでいるのか、それとも体が重いのか。足音がドスドス大きい、隠す気が無い。
「この辺りでウチじゃなけりゃ、中多か菜生。」
狙われるのは狩り人の子。連れていた犬は殺されて、罠に使われる。
「オイ、ソレは何だ。」
男が革袋に入れた何かを、肩に担いで運んでいる。
「はぁ? 何だテメエ。ってぇ!」
男の目に、毒矢を放つ。
「ヴゥゥ。」 コヲハナセ。
脹脛に噛みついた。暴れれば暴れるほど、顎に力が入る。諦めろ、人攫い。
「ヒュヒュゥ。」
犬が戦っている間に、口笛で知らせる。『敵だ』と。
「ギャァァ。」
男が痛みに耐えられず、悲鳴を上げた。
ドサッと落とされた革袋を引き寄せ、手早く開ける。中に入っていたのは幼子。口と鼻に手を当て、息をしているか確かめた。良かった、生きている。
「アオォォン。」
里長が大きな声で、犬の鳴き真似をする。すると直ぐ、狩り犬が飛び出してきた。
「ヨシ、行け。」
迷わず犬を嗾け、人攫いを襲わせる。
「ヴゥ。」 コロォス。
尻餅をつき、犬に噛まれている足を激しく動かす男の左腕に、ガブリ。
「ギャァァ!」
右手で犬の頭を掴み、引き剥がそうとする。しかし、ビクともしない。上下から力を加えられ、骨にヒビが。
「生きている。」
静かに走ってきた若い男に子を託し、首をクイッ。すると黙って頷き、飼い犬を連れて戻った。
「ヒュ、ヒュゥゥ。」
合図を送ってから、もう一人の狩り人と里長が見合い、人攫いを縛り上げる。犬を下がらせ、懐を探った。
「オイ。コレは何だ、ドコから来た。」
割符を見せ、問い質す。
「言うかよ。」
足もヒドイが、腕の傷が深い。骨が見えている。
「ソイツ、安だ。耶万に滅ぼされた。攫っても殺さず、売っ払う。」
早稲のカツが若い男を連れて、近づいてきた。
「なっ、嘘だ。」
「安のミエ、長の倅だ。その首の黒、良く覚えてる。白くて長い毛、生えてるハズだ。」
カツに言われ、長が確かめる。
腰麻のユキがアラカタ片付けたが、まだ残っていた。
狩り人の子を狙ったのは、高く売れるから。安の者は攫う時、一人では動かない。この地にも、三人で来た。
近くに居ない。向こうでも捕まえたハズ。だから死なせても良いが、聞き出さなくては。